ビジネス情報
ユーザーから見た格安SIMへのニーズとWi-Fiの役割
無線LANビジネス推進連絡会 会長 小林忠男
格安SIM伸張とその背景
MVNO(仮想移動通信事業者)が大手モバイルキャリアから回線を借り、格安な料金でサービスを提供するいわゆる格安SIMサービスが急激に市場を拡大しています。
図1は、格安SIMの市場規模を示しています。2013年の3月には75万契約だったものが2017年3月には10倍以上の810万契約になり、つい最近1000万契約を超えました。
この格安SIM市場の拡大は、大手モバイルキャリアから顧客が流出することに直結し経営に大きな影響を与えることが懸念され、大手キャリアは様々な対策を講じています。
7月8日の日本経済新聞は、「KDDIが同社の携帯電話サービスauにおいてスマートフォンの主要プランの月額料金を今夏中に1500円前後引き下げる方針を固めた」と報じています。
そして、下げ幅は2割程度となり、NTTドコモやソフトバンクも含めた大手携帯電話会社3社の値下げでは過去最大規模となると指摘し、「高止まりしている携帯電話料金を一気に引き下げ、仮想移動体通信事業者(MVNO)などによる格安SIMへの流出に歯止めをかけるとしています」と報じています。
また、NTTドコモは、4月26日、新料金プラン「シンプルプラン」を発表しています。
これについては、「これは無料通話が家族内に限定される代わりに、月額980円とMVNO並みの基本料金を実現したものだ。安価な料金プランの提供は、NTTドコモにとって基本料の減収につながる懸念がある。それでもあえてNTTドコモがシンプルプランを提供する狙いは一体どこにあるのだろうか」と報じています。「NTTドコモもドコモ契約者が格安SIMへ流失することを防ぐための対策の一環だと考えられます」と。
さらに、このような記事もあります。「格安スマホ 顧客流出でケータイショップ悲鳴 」(8/4 日経新聞)
「格安スマホの契約者数が1000万件を突破するなか、NTTドコモなど携帯大手3社を支えてきた国内の電話業界が岐路に立たされている。主にスマホの販売による奨励金に依存してきたが、格安スマホへの顧客流出などに伴い収益環境が急速に悪化しつつあるからだ。販売代理店が運営する全国7500カ所のケータイショップの再編淘汰が進めば、年間1兆円規模の利益を稼ぐ携帯大手各社の経営基盤を揺さぶりかねない」
スマートフォンを多くの人が肌身離さず携帯するようになり、自分は常にインターネットにつながっていたいという時代になりました。
常時インターネットにつながるということは、非常に多くの情報をやり取りすることになり必然的に通信料金は高くなります。そこで、今のモバイルキャリアの料金よりも安くスマートフォンでインターネットにつながりたいというニーズをくみ取ったサービスが格安SIMだと思います。
格安SIM市場にはいろいろ問題もあると思いますが、携帯料金の高止まりを問題視する国の思惑もありこれからも市場は拡大すると思います。
格安SIMとWi-Fi
前置きがちょっと長くなりましたが、今回は、今注目を浴びている格安SIMと、Wi-Fiの関係について考えてみたいと思います。
格安SIMの契約者が増加すると大手モバイルキャリアの経営を圧迫すると詳しく解説されていますが、格安SIMとWi-Fiとの関係を論じているものを見たことがありません。
図2は、格安SIMを契約すると使用できる公衆無線LANサービスを示しています。新聞や雑誌の記事ではほとんど言及されませんが、どの格安SIMサービスも公衆無線LANがセットになっています。
しかも、この公衆無線LANはキャリアが提供するWi-Fiスポットであり、これに加えて駅、空港、コンビニ、ホテル、自治体等が提供するフリーWi-Fiが多数あります。
「Wi-Fi無料が、想像以上の増収効果」と日本航空の斉藤典和取締役は日経新聞の決算トークの中で述べています。無料Wi-Fiで空の上でも仕事をするビジネスマンの需要を取り込んだとのことです。
バンドルされているWi-Fiと拡大しているフリーWi-Fiを合わせれば、「ちょっと歩けばWi-Fiが使える」環境が普通になりつつあると言っても過言ではないでしょう。
さらに、家や会社に光回線が引き込まれている場合は、光の先のWi-Fi化が加速し、基本的にはスマートフォンやタブレットやパソコンは光の先のWi-FiのアクセスポイントにつながってLTEよりも高速かつ容量無制限でインターネットに常時接続することが出来ます。
しかも端末ごとにキャリアと契約する必要がありません。それぞれのスマートフォンの契約が、お父さんはドコモ、お母さんはKDDI、お嬢さんはソフトバンクでも気にすることなくWi-Fiのアクセスポイントに接続することが出来ます。
私の場合、家と職場はWi-Fi環境が完備しています。外出中に容量の多い情報のやり取りや最近はやりのテレワークをする場合は、全国チェーンのコンビニやカフェ、駅、デパート、ホテル等に行けばWi-Fiを使うことが出来ます。
Wi-Fiが使えないのは外出中の列車やバスの移動中とまだWi-Fiが設置されていない施設やお店です。しかし、最近はその数も間違いなく減りつつあります。
格安SIMサービスは、通信容量や通信速度に制限がありますが、月額500円で容量無制限の通信速度256kbpsの格安SIMサービスがあります。
メールやチャットや着信通知は256kbpsでも問題ないのでそれで十分、それ以外の用途だと家と会社と喫茶店・コンビニ・駅等のWi-Fiがあれば全く不自由しないという、かなりヘビーにワイヤレスインターネットを使っている私の友人がいます。
スマートフォン、タブレットが誰でも持つようになって、インターネットをどこでも使いたい、常にインターネットにつながっていたいというニーズが急激に高まって来ています。一方、高額なデータ通信料金を払うことは難しい、何とか通信料金を節約したいというニーズの高まりがあります。
そのニーズに応えるために格安SIMが出現しましたが、その裏には家や会社のプライベート空間と駅やコンビニ等のパブリック空間のWi-Fiスポットが増えたことが大きな要因になっていると思います。
動画や大容量のデータをやり取りしたら数GBの容量はあっという間に超えてしまいます。タブレットで30分動画を見れば1GBを超えてしまいます。
家や会社や外出先にWi-Fiがあれば速度制限のあるモバイル回線をうまく使い仕事もプライベートもあまり支障なく生活することが出来るということではないでしょうか。
通信速度、容量に制限はありますが何処でも何時でも使えるモバイル回線とスポットでしか使えませんが速度と容量の制限のないWi-Fiが相互補完的にサービスを実現しているのではないでしょうか。
どちらが主でどちらが従という議論に意味はありませんが、実質的には、仕事やプライベートに主たるインターネット接続はWi-Fiがその役割を果たし、光+Wi-Fiの環境のない時は格安SIMで代替するという人たちがそれなりに存在すると思います。
家族トータルの通信費を節約するために、自宅に光を引き、「光+Wi-Fi環境」を作り、公衆無線LANを出来る限り活用して、はじめて格安SIMが使えるという人もいます。
尚、格安SIMだけで何も不自由しないというユーザーも多数いることも確かだと思いますが。
ネットワーク卸の成果
別の視点から格安SIMを考えてみます。
スマートフォンにはデフォルトでWi-Fiが搭載されています。ユーザーは自由にWi-FiとLTEを切り替え、選択することが出来ます。当たり前と言えば当たり前ですが、スマートフォンが出現する前は、回線はキャリアが提供するもので、ユーザーが勝手に自由に回線のオン、オフをすることは容易ではありませんでした。
Wi-Fiを自分の設定で自由に選ぶことが可能になったため、Wi-Fiのアクセスポイントがあればそれに接続し、格安SIMサービスと組み合わせてモバイルインターネットを自由に行うことが出来るようになったのではないでしょうか。
格安SIMを提供しているサービスプロバイダーは光回線サービスも提供しています。
要するに、NTT東西の光卸とドコモのLTE回線卸とWi-Fiキャリアのアクセスポイント卸を一体的にバンドルしてサービスを提供していることになります。自分ではネットワークインフラを所有せずにキャリアのインフラを借りてビジネスを展開していることになります。タクシーに変わるウーバーや民泊のAirbnbと同じビジネスモデルが既に行われていることだと思います。
インフラ卸が進んだことで格安SIMビジネスが可能になったと言うことも出来るのではないでしょうか。
「ワイヤレスデバイド」が生じないために
最後に、繰り返しになりますが、何時でも何処でも常時インターネットにつながっていたいという必要性はますます高まっていきます。そしてやり取りする情報はますます多くなっていきます。
人が生きていくために空気や水や電気が生活必需品になっているようにスマートフォンをはじめとする端末・デバイスはすべての人に必要なものになって行くでしょう。
スマートフォンやこれからで本格的に登場するIoT端末/デバイスはすべてワイヤレスでつながっています。
インターネットの通信料金を節約するために格安SIMを使うことは自然の市場原理だと思います。
しかし、インターネットにつながることが豊かな生活のために必須な条件になればなるほど、すべての人がこの環境を享受できるようにすべきだと思います。
「デジタルデバイド」という言葉がありますが、「ワイヤレスデバイド」が生じないようにしなければなりません。
2020にはサービス開始が期待されている第五世代モバイルシステム(5G)はこれまでと全く違うワイヤレス新時代に相応しいサービスを提供することが可能です。
一方で、Wi-Fiはプライベートとパブリック空間でどんどん拡大し日常生活ではなくてはならないものになっています。
それぞれの個別最適を目指すのでなく、5GとWi-Fiと光の融合による全体最適のグランドデザインを、このビジネスに携わる企業、関係者と国が一体となって考える時期にあるのではないかと思います。
格安SIMとWi-Fiは今後のワイヤレス新時代到来に向けて大きな課題を提示しているのではないでしょうか。
■Wi-Biz通信(メールマガジン)の登録はこちら