電波の話 第5回
世界中どこでも使えるデファクトスタンダードのインパクト

無線LANビジネス推進連絡会会長 小林忠男

デファクトスタンダートとビジネスの勝者

デファクトスタンダードとは、同じ目的のために開発された複数の製品やサービスやソフトウェアが、互換性なく対立状態になった時に、「市場における競争や広く採用された結果として事実上標準化した基準・規格」になったものです。

デファクトスタンダードになるために激しい競争を繰り広げた例として、ビデオテープレコーダーの「VHS対ベータマックス」、メモリーカードの「SDカード対メモリースティック」などが有名であり、それぞれVHSとSDカードが勝利をおさめ、事実上の世界標準になりました。

インターネットの通信規格においても、TCP/IPとOSI参照モデルがあることを学びましたが、TCP/IPがデファクトスタンダードになり現在のインターネットの世界的普及を支えています。

唯一の規格がデファクトスタンダードになる場合もありますが、複数の規格がデファクトスタンダードになっている場合もあります。例えば、移動通信には複数の標準規格があります。

・第2世代移動通信システム : GSM対cdmaOne
・第3世代移動通信システム : EDGE対W-CDMA (UMTS) 対CDMA2000
日本では、W-CDMA対CDMA2000
・第3.5世代移動通信システム : HSPA対CDMA2000 1xEV-DO
・第3.9世代移動通信システム : LTE (FDD-LTE) 対 モバイルWiMAX 対  AXGP (TD-LTE) 対DC-HSDPA
・第4世代移動通信システム : LTE-Advanced対WiMAX2.1対AXGP (TD-LTE)

移動通信システムの場合、各国の電波政策によってシステムが決められてしまう場合があり、どうしても複数のシステムが存在することになります。

第2世代移動通信システムに二つの方式をあげましたが、実際にはGSMが世界のデファクトスタンダードになっており、第3.9世代の時代になってもまだ世界中で現役として使われています。
日本の第2世代移動通信システムはPDCという方式で、技術的にはGSMより優れていると言われましたが、日本と数えるほどの国でしか採用されませんでした。

PDCはNTTの研究所が開発し標準化されたものですが、GSMは国境を越えてもシームレスに利用できる通信システムの実現を目指して、ヨーロッパの標準化機関のETSIが、欧州通信キャリア・大学およびメーカーから選任されたメンバーによってGSM分科会(Group Special Mobile)を創設、約10年かけて通信規格を検討し「GSM Recommendation」を策定しました。

GSM分科会に参加していた通信キャリアおよびメーカーは、所有しているパテントおよび技術を相互提供し、お互いに融通しあうことで欧州統ー規格の移動通信システムの青写真を描き世界のデファクトスタンダードにしました。

あるシステム・製品・サービスがデファクトスタンダードになり世界中が使うものになるかどうかでビジネスの成否は大きく変わってしまいます。

AppleのiPhoneのようにそのユニークさですべてを囲い込んで利益を上げる方法と、GoogleのAndroidのようにオープン戦略でシェアを増やす方法があります。どちらを選択するかは難しいですが、いずれにしてもリスクを取って投資をしないと果実を獲得することは出来ません。

デファクトスタンダートになったWi-Fi

前置きが少し長くなりましたが、無線LANのデファクトスタンダードは現時点ではWi-Fiで、「無線LAN=Wi-Fi」と言って差し支えありませんが、実はWi-Fiにも二つの対抗馬がいました。

一つは、1997年4月に設立されたETSIプロジェクトが推進する次世代高速無線アクセスシステムです。
端末とIPネットワークを接続する高速無線LANで5GHz帯を用い、主に短距離(~200m)の屋内のLAN環境での利用を想定したシステムでした。

IEEE802.11bより高速のデータ伝送(ユーザビットレート~32Mbps)、Managed QoS(サービス品質保証)、低価格で柔軟な運用を目指したものでした。

日本でもこの規格に基づいてNTTが開発した「AWA」という無線LANのトライアルが2001年に渋谷で行われました。
トライアルでは、AWAが既存無線LAN(11Mbps)と比べて実測値で4倍強の帯域を確保し、同一エリア内での複数台の端末の同時利用において、安定かつ高品質なブロードバンド環境を無線技術により提供可能であること、無線基地局における認証とネットワークの位置管理機能により、異なるスポットにおいて同一端末を設定変更等の必要なく利用できるシームレスなブロードバンド環境を提供できることを確認することが出来ました。

IEEE802.11bより高速で端末ごとに帯域保証が可能でセキュリティも高くシステムとしての将来性はありましたが、トライアル時の無線LANカードは「大きく高く熱く」、商品化へのハードルは高かったのです。

他方、その時既にIEEE802.11bの商品化は本格化しており、ほぼデファクトスタンダードになりつつありました。
AWAは高機能、高価格のハイエンド商品として何とか商品化されましたが、IEEE802.11bの勢いの前には、いかんともしがたく1機種だけの商品化で終わってしまい、市場から消えることになってしまいました。

どんなに性能的に優れていても、その世界の主流にならなければ大きな市場は獲得することは出来ないのは、いつの時代においても真実です。

二つめは、HomeRFです。
HomeRFは家庭内のパソコンや家電製品、情報携帯端末などを無線で相互接続するための規格であり、1998年に米国の業界団体HRFWG(Home Radio Frequency Working Group)によって策定されました。

無線LANや電子レンジなどと同様に、免許不要で自由に使える2.4GHz帯のISMバンド(Industry Science Medical band)を利用して通信するものであり、最初の仕様は、1999年1月、「HomeRF1.0」として公開され、その後、2001年5月に最高伝送速度が10Mbpsに高速化した「HomeRF2.0」が制定され、サービス品質保証(QoS)、128ビット暗号へ対応しました。
また、家庭内の機器との電波干渉を防ぐ機能を備えていました。

日本でも同年6月にIntel、IBM、NEC、Hewlett-Packardを中心に家電やパソコンメーカー10社でHRFWG日本委員会を設立し、2001(平成13)年5月には後継の規格であるHomeRF2.0が発表されました。

IEEE802.11bでは通信速度が11Mbpsに改善される予定でしたが、当時はIEEE802.11機器の価格が高いこともあり、Intelが推進していたHomeRF規格が家庭向け無線LANの本命と見られていました。

しかしIEEE 802.11b正式標準化直前の1999年7月にアップルコンピューター(現 アップル)がAirPort(日本国内での名称はAirMac)を発表、アクセスポイントが299ドル、カードが99ドルという低価格で市場にインパクトを与え、これに日本ではメルコ(現 バッファロー)を始め、各社も追随しました。
土壇場で形勢が逆転しIEEE802.11bが一般に広く普及することとなったのです。
これにより、「IEEE802.11」規格への一本化が進み、HRFWGは2003年に解散し、日の目を見ることはありませんでした。

このようにして、無線LANはIEEE802.11規格以外のものはなくなり、端末同士の相互接続認証を行う「Wi-Fi Alliance」の認定ロゴ「Wi-Fi」が無線LANの代名詞になっているのです。

Wi-Fiは携帯電話システムのように年代ごと、国ごとに個別システムが存在するのではなく、Wi-Fiに一本化されている世界中で共通に使えるデファクトスタンダードであり、Wi-Fi認定を受けていれば世界の何処でも使うことが出来るのです。

移動通信システムには複数の標準規格があるため、自分の端末を持ってよその国に行ったら技術的につながらない場合があります。
それに対して、無線LANはWi-Fiがデファクトスタンダードになっているので、移動通信システムのような不便さはないわけです。


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