特別インタビュー
日本ヒューレット・パッカード株式会社 代表取締役 社長執行役員 吉田仁志氏

「Everything Computes」の鍵握るWi-Fi
働き方改革は「会社を社員に届ける」こと

 

あらゆる業界にデジタル変革をもたらすデジタルトランスフォーメーションに対応し、継続的なイノベーションを加速することが企業の成長戦略の核心と考えるヒューレット パッカード エンタープライズ(HPE)は「Everything Computes」をキーワードに企業への提案とビジネス活動を進めている。

吉田仁志社長は、「ハイブリッドIT」と「インテリジェントエッジ」がそのポイントと述べ、Wi-Fiはその重要な柱として顧客の体験価値を実現するイノベーションのコアだと強調する。

 

「Everything Computes = IoT」のコンセプト

――デジタルによる企業の創造的破壊を意味するデジタルディスラプションや、デジタルトランスフォーメーションに対応し経営革新を進めることが企業経営者の課題になっています。IoT、AI、ビッグデータなどをどう事業に取り込み、イノベーションを果たしていくのかが問われています。IT業界を牽引してきたHPEはどういう取り組みを進めているのでしょうか。

吉田 ビデオ、小売、音楽、トラベルなどデジタル変革を遂げた業界も、健康・医療、銀行、運輸、農業など変革が進行中の業界も、製造、保険、教育など間もなく変革が起きる業界も、まさしくあらゆる業界に創造的破壊をもたらすデジタルトランスフォーメーションの波が広がっています。

私どもは「Everything Computes」、つまりIoT時代を迎え、あらゆるモノがコンピュートする世界に対応することが核心だと考えています。デジタルトランスフォーメーションの時代のなかでは、あらゆる場所にテクノロジーが組み込まれ、すべての人とモノが繋がり、すべてが把握される時代になるわけで、ここではコンピューティングパワーというものが飛躍的に進歩し、重要となり、必要となってきます。

――「Everything Computes = IoT」というコンセプトですね。これをもとに、デジタルトランスフォーメーションを考えると、具体的にはどういう展開になるのでしょうか。

吉田 Everything Computesには、3つのポイントがあると考えています。
一つは、「ハイブリッドIT」です。現在、情報システムはクラウドに行ったり、オンプレミスだったり、プライベートクラウドがあったりしますが、デジタル化で急激に世の中が変わり、アプリケーションとデータの数が膨大になり猛烈なスピードで動く中で、いかにしてビジネスモデルを支えるのかということが本質であると考えています。それには、最も効率的なハイブリッドITしかないということです。HPEとしては最適な組み合わせで、いかにシンプルにその環境を整えるのかということが一番目の課題と考えています。

二つ目は、「インテリジェントエッジ」です。データ量が膨大に増えています。デバイスやセンサーが作り出しているデータがすごい勢いで増えています。かつては10年で倍だったものが、数か月で倍になっています。このデータを情報に変え、価値あるものにし、アクションにつなげられるかが問われています。そこがポイントです。それを可能にするため、私どもはインテリジェントエッジが重要と考えています。

 

エッジ側でデータをただ集めるだけではなく、いかにシンプルかつセキュアに収集、分析して、アクションにつなげられるかということが重要です。もちろん、データはエッジだけでなく、データセンター、クラウドにも飛ばさなくてはならないわけです。AIを駆使することで、全部クラウドに飛ばすのではなく、どこに、いかに飛ばすかをエッジで判断するわけです。

これまでは、一般的にクラウドにデータを飛ばし分析することに一生懸命でしたが、例えば自動運転ではそんなことをやっていたら事故を起こすわけで、当然手元で処理する力が必要となります。今や、データセンターの持っているデータ量とIoTなどエッジで持っているデータ量とが逆転する勢いです。これがつまりEverything Computesの力ということになります。コンピューティング環境が非常に重要になってきているわけです。

三つ目はサービス化です。あらゆる場所に存在するアプリケーション、あらゆる場所に存在するデータ、これを管理、分析、接続し、ソリューションを生み出します。これらは、それぞれの産業分野でサービス化することが必要になってきます。たとえば、M2Mファクトリーというソリューションを作り出し、これをサービスとして確立するわけです。

「キャンパス」と「ブランチ」での推進

――デジタルトランスフォーメーションを実現するEverything Computesというコンセプトがよく分かりました。これは、具体的には、どういう形で実現されるのでしょうか。

吉田 利用シーンで考えると一つ目は「キャンパス」があります。これは限定されたユーザーへの対応で、例えばオフィスや学校、病院だったりします。ある程度限定されたユーザーなのでセキュアなやりとりができます。ここは従来、有線でやってきたところです。有線だとエンドエンドでセキュリティを保持できればよかったわけです。Wi-Fiだとセキュリティの確保が重要となります。

二つ目は「ブランチ」です。ブリックスペースで、不特定のユーザーが対象の場合で、もちろんWi-Fiが重要になります。空港とかスタジアムとか店舗とかで、限定できないユーザーのなかでセキュリティを確保しつつ、情報を分別して、ユーザー毎のアクションにつないでいくという複雑な動きになっていきます。ここでは、即時性を求められ、データを収集したらいちいちクラウドに飛ばすわけにはいかず、エッジで対応することが必要になります。

三つ目は、それらを産業分野ごとにソリューション化し、業界特有のサービスとして提供することです。

――この三つが企業革新の具体的なシーンですね。従来とは異なる仕組みですが、特徴はどういう点ですか。

吉田 IoTの時代にはやはりセキュリティがたいへん重要になってきます。ここを我々は非常に重視しています。先ほどもお話したとおりデータ収集量は今のデータセンターより大きくなるなかで、全部データセンターに送って分析したり対応したりするのは無理があります。そこで、エッジである程度、状況をリアルタイムに分析をしなければならない。それはセキュリティにおいても必要なことです。

すべてのデータをクラウドで分析してもらうのではなく、エッジの段階で怪しい動きをするものはそこでチェックする必要がある。ここにはAIが入ってきます。AIを活用して、いつもと違う動きをするものはネットワークから遮断します。
これまでセキュリティは大きな壁を作ってウィルスは入れないという防御をしていました。今は、誰が入ってくるのか分からないわけです。しかも、今は、コンピューターのOSレベルにも入って来ているわけです。ファイアウオールで一元的に防御するというのは古い考えです。むしろ、多層化したセキュリティが必要です。
エッジのなかにもセキュリティ機能を持ち、分析できたものはシャットダウンする。我々はサーバー段階で、しかもチップレベルでセキュリティを持っています。ハッカーが来てもサーバー自身が立ち上がりません。このように、入口だけではなく、全部の層で入れていかないとセキュリティが担保できないのです。

「会社を社員に届ける」というコンセプト

――「Everything Computes」の具体的な展開、適用のイメージが分かりました。
こういう戦略のなかで、HPEのWi-Fi事業はどういう特徴を持つのでしょうか。

吉田 結論から言えば、単なるWi-Fiではなく、Everything Computesの全体戦略のなかでWi-Fiをどのように位置付けるかというポイントです。
セキュリティもその一つですが、ネットワークだけの限られた世界でWi-Fiを考えてもだめです。Wi-Fiは単に有線が無線になっただけではないのです。有線ではエンドポイントだけをやればよかった。しかし、無線にはエンドポイントはないわけです。誰がアクセスしているか分からない、誰がどんな権限を持って何をしようとしているのか分からないわけです。このことを理解しなくてはセキュリティの深みは分からないのです。

また、無線が安全にうまく使えることで企業に提供できるソリューションの一つとして、働き方改革があります。有線時代は、社員が会社に行って、如何に生産性をあげるのかということが重要でした。いろいろなIT機器をネットワークにつなげることでいろいろな業務活動ができ、それで生産性を上げていました。

無線になると、会社を、つまり会社の環境をいかに社員に届けるかが問われます。社員が一番効率のよい時に、一番効率のよい働き方の環境を届けるということです。仕事の環境を、外に居ようが、自宅に居ようが、ITで届けるということです。
無線を使って企業に価値を出そうとすると、セキュリティや働き方改革のところを考え直さなくてはなりません。HPEはまさにそこを徹底的に考え、提案しているのです。

――単に有線を無線にするというのではなく、質的な転換を見出し、そこで新たな価値を生み出すということですね。

吉田 そうです。まさに、新たな価値を生み出すことです。今、企業は一斉に働き方改革に取り組んでいますが、私は、今、話しましたように、「社員に会社を届ける」ことだと考えています。単に在宅勤務ができるようになるとかの簡単なことではありません。トータルで考えなくてはなりません。たとえば、会議の前には、すでに準備ができていることが大事です。ペーパーレスも必要でしょう。
これは、一つ目の「キャンパス」でのネットワークでの話ですが、二つ目の「ブランチ」のところでも、そのパブリックスペースでの顧客体験の向上で新しい価値の実現ができます。

弊社の事例ですが、アメリカのNFLのスタジアムである「リーバイス・スタジアム」では、Aというお客さんがどういう人で、デジタルチケットで入場するとどういうファンか把握できます。そして、スマートフォンのアプリで、ホットドッグを注文すると席まで持ってきてくれたり、今一番空いているトイレはどこか、すぐ教えてくれます。お客さんは試合に集中したいので、少しホットドックの価格が高くても喜んで利用してくれます。これらはすべてインテリジェントエッジが作り出す価値です。

 

Wi-Fiが新たな価値を作り出す

――インテリジェントエッジがスタジアムの一人ひとりの顧客にサービスを提供しているわけですね。

吉田 現在のコンピューティングパワーはクラウド、データセンターに在ります。しかし、エッジのところで、個々の顧客を把握して迅速なサービスを可能にします。新しい体験がここで可能となるわけです。

三つ目の「インダストリアルサイト」のところでも、価値は予兆検知で、あるデバイスがこういう動きをすると故障につながる、あるいは不良品を検知するための多数の正常な製品・部品のデータを集めることで実現しています。

HPEのWi-Fi事業はこのようなトータルで価値を創出し、デジタルトランスフォーメーションの中身を実現したいと考えています。つながるだけではなく、今までなかったインフラの価値を高めていくということです。

 

――今、Wi-Fiビジネスでは、単にフリーWi-Fiの提供で終わるのではなく、このインフラでどうマネタイズするかが大きな課題になっています。

吉田 個人としてはWi-Fiで繋がって便利だとは思いますが、それでどう儲けるかが課題ですね。ポイントは、今まではできなかったことが体験できるというユーザー価値がキーワードだと考えています。
たとえば、大型量販店で顧客が来る、するとどの売り場でこんなことをやっているとか、普段ネットで検索していた商品がこの売り場でセールをやっていますよと案内するとかですね。

その場合、やはりインテリジェントエッジがキーとなり、このインテリジェンスがどんどん上がってくることではないかと考えていす。デバイスが増え、コンピューティングパワーが上がり、データ収集が進み、セキュリティもエッジで行われるようになってきますから。

――インテリジェントエッジは具体的に製品としてはWi-Fiアクセスポイントの形になるのですか。

吉田 Wi-Fiアクセスポイントに、サーバーがついているというイメージです。サーバー機能をエッジ自身が持っている。必要ならクラウドに飛ばすことができます。データ量がいっぱいあがってきますので、そのデータをどう扱うのかということが大問題なのです。そこに、ビジネスチャンスも生まれてくるのではないでしょうか。

私は、こうしたWi-Fiビジネスの新たな展開のなかで、是非、無線LANビジネス推進連絡会の皆様と協力、連携していければと期待しています。
「エッジの価値の向上でビジネスの創出」「生産現場での生産性向上」、これを一緒にやっていければと思っています。
デジタルトランスフォーメーションでこれから始まる社会では、Wi-Fiは絶対に欠かせません。ハイブリットITとインテリジェントエッジのなかで重要な戦略の柱の一つです。


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