トップインタビュー JR東日本メカトロニクス 代表取締役社長 椎橋章夫氏
駅とSuicaを中心に先端技術で新たな価値を提供
IoT、クラウド、Wi-Fiで顧客サービス向上
「デジタルトランスフォーメーション」の波のなかで、あらゆる産業でデジタル経営革新が進んでいる。
JR東日本では2020も見据え、顧客サービス向上に努めているが、それを技術面から支えているのがJR東日本メカトロニクス(JREM)だ。
椎橋社長は「技術サービス創造企業」の企業理念で、IoT、クラウド、Wi-Fiを駆使して、チャレンジする経営を目指している。Suicaと駅設備を中心にイノベーションを進める同社の新たな取り組みを尋ねた。
「技術サービス創造企業」として社会に貢献
――御社はJR東日本の輸送事業を基盤で支えている企業だと理解していますが、具体的にはどういう事業内容になるのでしょうか。
椎橋社長 皆さんに一番分かりやすいのは、駅の出改札システムやホームドアなどの「駅設備システム」の分野です。
――私たちが日々、利用しているところですね。
椎橋社長 そうです、他に駅のエスカレーター/エレベーター、冷暖房設備など、また皆さんから見えないところですが駅遠隔操作システム、消融雪設備なども手掛けています。
2つ目の事業領域は、「ICTビジネス」です。JR東日本ですとSuicaになりますが、皆さんが普段お使いの交通系ICカードの発行事業です。モバイルSuica、列車Suica、電子マネーソリューション、個人認証ソリューションなどもこの分野に入ります。
3つ目は、これらの設備をメンテナンスし品質を維持管理する事業、技術開発及び海外コンサルティングなどのする事業と位置づけています。
設備にはライフサイクルがあります。設備の開発、設置、施工、メンテナンスを日々担い、その更新から次世代の開発へと向かうエンドレスのプロセスになります。
――会社の理念を「技術サービス創造企業」としていますね。
椎橋社長 当社の使命は、JR東日本の重要なグループ会社の一員として、お客さまに「技術を活用した質の高いサービス」を提供することによりJR東日本はもとより広く社会に貢献することだと考えています。
Suicaを支える無線とネットワーク
――椎橋社長は、御社の事業の中核をなす交通系ICカード「Suica」の開発責任者としても知られていますが、このシステムの開発の意義と、現在の発展状況、今後の役割などについて、教えて下さい。
椎橋社長 Suicaの運用開始は2001年11月ですから、もう16年経ちます。運用開始の更に16年前から基礎開発を進めていたのですが、私は途中から加わり、実用化に向けた取り組みにずっと携わってきました。
国鉄民営化により、鉄道事業へのICカード導入の研究がJR総研(旧鉄道技術研究所)からJR東日本に移行となり、私は当時設備部で自動改札機の維持管理を担当していたので、改札機の更新計画に合わせて導入することにしました。
――当時は切符も磁気カードで、定期券もパスケースから出して改札機にくぐらせていましたね。
椎橋社長 ICカードのフィールド試験を3回やりました。徐々にレベルアップするのを見て、これはやれると確信を持ちました。当時の社長も顧客サービスの飛躍的な向上になる新しい施策に大賛成していただき、1998年に役員会で正式決定となりました。
それから4年かけてシステムの開発などの導入準備を進め、2001年11月にやっと完成に漕ぎ着けました。
――Suicaのシステムは利用者から見てもインパクトの大きいものですし、鉄道事業にとっても意義の大きいものだと思いますが、システムのポイントはどこにあるのですか。
椎橋社長 カードとリーダーライター間が無線で0.2秒で処理できることです。それで、実用化しようと言っちゃったんですが、実はそんなに甘くなくて、それを運用するバックの情報システムや関連する端末などの開発に4年掛かったわけです。
私はこの経験で初めてネットワークシステムの凄さを認識しました。それまではスタンドアロン端末しかやっていなかったですから…。スタンドアロンの端末は多少定義されていないエラーがあっても意外に動くものなのです。しかし、ネットワークシステムは未定義のエラーがあると全体が動きません。
自動改札の利用データは駅のサーバーから、一定時間毎にセンターに送信しています。また紛失したICカードなどのネガティブデータはセンターから短時間の内に一斉に端末に配信し、ICカード(ID)を利用できなくします。お客さまが次の駅に行くまでに利用停止の処理を終わらせるようにしました。
技術のオープン化と相互利用のメリット
――SuicaはJR東日本のICカードですが、JR西日本のICOCAはじめ全国のJR各社で使えるようになりました。また、PASMOなどの公民鉄各社やバスなどの交通機関でも相互に利用できるようになりました。今では当たり前のようですが、実に大きな事柄ですね。ここでも、重要な役割を果たされたと聞いています。
椎橋社長 乗車券の規格はサイバネティクス協議会で決めています。私は当時、そこの出改札システム委員会の副委員長をやっていましたので、Suicaの技術をオープンにし、もし各鉄道会社がICカードを導入する時は是非同じ規格を利用して欲しいと思い、規格化を提起しました。
「技術のオープン化戦略」と言っていますが、技術をオープンにするので使って欲しい、フィーは要らないと言い続けてきました。
利用者の便宜を考えると、ICカードは相互利用が基本と考えてきました。技術をオープンにして、普及させた方が良いと思ったからです。
――「縦割り型」「自前主義」の日本では珍しいほど相互利用が広がりましたね。
椎橋社長 サイバネティクス協議会の規格でたとえば新幹線の特急券は磁気の仕様が決まっているので、どこの会社が発行しても相互に乗れるわけです。ICカードも当然、そうしなければならないと考えていました。規格化によりICカードも同じ規格が各社に導入されていきました。しかし、当初、相互利用はできませんでした。
ICカードの普及とともに、いろいろな地域からSuicaと相互利用したいということになりました。それでまず、JR系は相互利用ができるようになったのですが、今度は東京に出てきたらSuicaエリアしか乗れない、PASMOエリアにも乗りたいということになりました。
それまでは個別に話しても利害関係が先に立ち、なかなかまとまらない状況でしたが、PASMO、Suicaと関係各社で協議の上、各社のセンターサーバーの更新に合わせて全国のICカードを相互利用できるような仕組みとすることで纏まりました。そして、ついに2013年3月に交通系のICカードの全国相互利用が始まりました。
――利用者にとっては大変便利になるわけで、結局、各社とも顧客サービスの向上というメリットを得たわけですね。今後は、どのように進化していくのでしょうか。
Suicaのクラウド化とビッグデータ
椎橋社長 日本のIC乗車券インフラは、おそらく世界最大のICカードネットワークインフラだと思います。この巨大なインフラに新しくサービスを付加しようとすると大変です。端末やセンターのソフト改修をしなければなりません。オンラインで済めば良いのですが、巨大インフラの改修となると、これをどう効率化しようかと考えてしまいます。
私はクラウドにしようと考えています。クラウド化により、端末でやっている処理は全てセンターで行う、端末でICカードなどのIDを読んだらその処理は全部、クラウド上でやるということです。
――駅舎のオンプレシステムはなくなる。
椎橋社長 駅はデータの中継機能のみにして、余り処理しない形ですね。それに、今後はICカードのサービスも進化していくわけですが、その処理もクラウド化が進み、マルチ処理がスピーディになるわけです。
――Suicaシステムのクラウド化によって、サービスの拡充、進化が加速されますね。
椎橋社長 鉄道における乗車券機能、これはきっちりやっていきます。タッチして乗れるという利便性は大前提です。
ICカードには他にもいろいろな機能があり、電子マネーも重要な機能の一つです。今後はもっともっと広がるでしょう。
クラウド化によって新たに見えて来るのは、「ID認証」という機能です。例えば、アミューズメントチケットを買うと、この購入情報とICカードを紐づけておくと、映画館や劇場の入口ゲートの「認証用端末(仮称)」にSuicaをタッチするだけで入場することができるようになります。
あるいは、クラウドにマネーをチャージしておき、それをネットや端末で自由に使うことも考えられます。
さらに、クラウド間の連携は簡単にできるようになりますから、複数のサービスとの連携もスムーズにできるようになります。支払いとクーポンや割引券のサービスもワンタッチでできるようになります。
――クラウドになるとID経由のあらゆる情報がビッグデータ化し、あらたなステージに入ることになりますね。
椎橋社長 その通りです。ビッグデータ活用の研究はずっとやっていました。駅構内での動態分析でもいろいろな発見がありました。
駅中でのWi-Fiの活用を進める
――お話を伺っていると、今、日本で課題となっているデジタルトランスフォーメーションを早くから独自の観点で進めているように感じます。IoT、AI、ビッグデータ、ワイヤレスという点では、これからどういう取り組みを進めていくのでしょうか。
椎橋社長 「デジタルトランスフォーメーション」のいろいろな取り組みが各産業分野で進んでいますが、私どもは、先ほどから話しているデジタル化で大量データを保存、分析、活用するビッグデータの取り組みを進めています。Suicaのクラウド化でさらに一歩踏み込んでいきたいと思っています。
例えば、JREMの事業でいいますと、今後、駅設備をメンテナンスする人が減ってきますので、設備の状態をセンサーを付けて把握することを大胆に進めようと考えています。
設備の状態を把握して、予防保全とか、保全計画をAIなどで自動的にさせるとか、何か故障が起きても、どこが壊れているかが分かりますので、その部品をすぐ持っていけるとか、復旧の早期化ですね。そういったことを、やろうと思っています。
――まさにIoTそのものですね。
椎橋社長 駅にセンサーがたくさん付くと、その情報を引き出すためのネットワークが必要です。これまでは、有線でやっていたのですが、枯れた無線技術のWi-Fiに大変注目しています。
Wi-Fiはホットスポットだけのイメージではなく、ビジネスとしてもWi-Fiを使っていくということが駅中でも増えていくのではないかと思っています。
――JR東日本はWiMAXに早くから取り組んでおり、Wi-Fiにも積極的でしたね。
椎橋社長 WiMAXとWi-Fiを連携する形で駅に展開しています。今は、訪日外国人の無料Wi-Fiという要望が非常に大きいと思っていますので、エリアを拡大していくことが重要と思います。
また、無料Wi-Fiは多くありますが、私は個人的には統一化され、1つの手続きで全て使えればいいなと思っています。Wi-Fiを設置し運営している会社はそれぞれ目的があると思うのですが、それは十分に承知した上で、それでもユーザー目線で考えると認証の統一が必要ですね。
――交通系ICカードのように、ばらばらではなく、統一するともっと広がるということですね。
椎橋社長 そうです。1つの登録で全部が使えるというインフラを作った上で、各社がビジネス展開していく。大きな対応が必要じゃないかと私は思いますね。各社が手を結んで、共通のインフラを作った上で競争しようという感じですね。
日本のフリーWi-Fi業界を私はよく承知はしていませんけれども、そういうことを期待したいですね。
――無線LANビジネス推進連絡会(Wi-Biz)にはどういうことを期待されていますか。
椎橋社長 「無線LAN白書2018」を読みましたが、Wi-Fiは自律分散でSuicaも自律分散ということで技術的には強い縁を感じています。
私は実はSuicaを作るときに何を一番大切にしたかというと、徹底した「顧客目線」です。徹底した「顧客目線」でやれば必ず良いことがあると確信しています。例えばSuicaの利用時にエラーが出ても、お客さまは気にしないで使用できるようにしました。自律分散技術により、改札で止まらないようにしました。これらは大変なサービス向上につながり利用者も増えたと思います。
国鉄時代は「旅客」と呼んでいましたが、JRになって「お客さま」となりました。価値観がJRになって180度変わりました。徹底したお客さま目線というのは、JRになって学びました。必然的にSuicaの開発にもその精神が生かされています。
WiBizへの役割と期待についても、同様に徹底した「顧客目線」でWi-Fiの発展のために取り組んで欲しいと思います。
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