電波の話 第7回
PHSホームアンテナから発展したWi-Fiルーター
無線LANビジネス推進連絡会会長 小林忠男
PHSのエリア問題
前回に引き続いてPHSの話をしたいと思います。
前回のメルマガで、「PHSは、サービス開始から急速に契約者を獲得し大きなブームになりましたが、同じように契約者が増え始めた携帯電話とガチンコ勝負になり、エリア的に劣るPHSの契約者は急速に減り、ビジネス的には必ずしも成功しませんでした」と、書きました。
PHSは1.9GHz帯の周波数を使い、送受信の電力も小さかったため、基地局を多く設置しても携帯電話に比べると屋内に到達する電波が弱くなり「圏外」になることが多くあり、これがお客様の大きな不満でした。
この問題を解決しないとPHSのビジネスの成功は覚束ないという深刻な危機感がありました。
何とかしなければという必死の思いで、実際に電波の状況を様々なポイントで調査すると、家の中は「圏外」になるが窓際までは電波が届いていることが多いことが確認できました。
窓際まで電波が届いているなら、窓際の電波を中継して家の中を通話可能なエリアにする装置を開発すればお客様の不満を解決できるのではと考え、「ホームアンテナ」という装置を開発しました。
ホームアンテナの役割とメリット
図1に示すように、ホームアンテナは屋外にある公衆用PHS基地局と電波の弱い屋内にあるPHS端末を中継してつなぐ装置です。
図1 ホームアンテナの役割
つまり、屋外の基地局から飛んでくる電波が弱くても、ホームアンテナを使えばその電波を増幅し、屋内の端末に向けて再送信する装置なのです。
ギリギリ電波が届くが、時と場合によってはユーザーの姿勢や環境などによって届かないこともある—こうした電波的に不安定な場所でも、安定した通話ができるようにするものです。
*通常、ホームアンテナを設置するのは家の窓際です。窓際にPHSを持っていけば通話できることがホームアンテナの利用条件で、窓際に電波が届いていない場合は、ホームアンテナを使うことは出来ません。
図2は窓際固定タイプのホームアンテナ、図3は持ち運びが可能な電池でも稼働するポータブルタイプのホームアンテナ(開発:NTTパーソナル)の写真です。
ホームアンテナには、最大20台までのPHS端末を接続できるものもありました。
ポータブルタイプのホームアンテナは、訪問先のオフィスや喫茶店でデータ通信を安定して行うなどには非常に便利なものでした。
ホームアンテナの位置づけ
実は、このホームアンテナの端末としての位置付けをどのようにするかが開発者にとってとても大きな課題でした。PHSの電波を受けてPHS電波を発射する装置の発想はその当時ありませんでした。
そもそも、一般にポータブルタイプの基地局を一般ユーザーが持ち歩いて使うという発想自体、当時はなかったのではないかと思います。
端末であり基地局でもある装置を、電波監理の対象として規定されたら、何百万というお客様に携帯して持って頂くことは極めて難しくなってしまい、事実上商品価値がないのと等しくなってしまいます。
当時の郵政省の係官に胸の高まりをおさえながら、
「このホームアンテナは公衆用PHSの電波を受けて、自営用PHSすなわちアンライセンスの電波を屋内の端末に発射しています。従って、この端末=ホームアンテナは現在お客様が使われている端末と同じ位置付けと考えます」と説明しました。
「分かりました。その通りだと思います。端末という位置付けで結構です」という回答を即座にもらうことが出来ました。
この考え方が、今のWi-Fiルーターにつながっています。そのあたりは、昨年のメルマガ9月号で詳細に書いています。
* Wi-Biz通信Vol.20 2017/9/15号 ビジネス情報「フリーWi-Fiの仕組みとWi-Fiルーターの課金の誤解」
Wi-Fiルーターは現在では、当たり前の商品になっていますが、ライセンスの電波を受けてアンライセンスの電波に吹き替えるという発想は結構ユニークな発想だったと思います。
さて、このホームアンテナは、携帯電話に比べるとPHSは使えないエリアが多いという弱点の救世主になるかと期待されましたが、結果はそのようにはなりませんでした。
述べたように、弱い電波があれば増幅して屋内の端末に送り届けることが出来ますが、電波そのもがなければ無から有を生じることが出来ません。
電波を使うビジネスの生命線は基本的にはワイヤレスインフラがお客様に不満を感じさせないレベルに出来ているかどうかです。
どんなに料金が安くとも、契約してお金を払えばお客様はその瞬間から「このサービスは何処でも使える」と考え、期待するのが当たり前です。その期待に応えられない限りビジネスの持続性はないということになってしまいます。
二年前までモバイルキャリアが提供していたスマートフォン向けの放送サービスがありました。スマートフォンの時代になり様々なコンテンツサービスが始まったことも撤退の原因かと思われますが、放送サービスなのに屋内では電波が届かずに視聴できないエリアがあったことも大きな一因ではないかと思います。
Wi-Fiルーターが評価される意味
PHSのホームアンテナと無線LANのWi-Fiルーターは兄弟のような商品です。しかし、ホームアンテナはいつの間にか姿を消し、Wi-Fiルーターは国内外でスマートフォンには及びませんが家電量販店の販売コーナーにおいても確固たる商品としての位置付けを獲得しています。
Wi-Fiルーターは、エリア的にどこでも使えるように3GとLTEのモバイル回線の電波を受けて、Wi-Fiに吹き替えるという相互補完によりユニークな役割を果たしています。
PHSのホームアンテナは、PHSインフラが携帯電話のインフラに比べて劣っていたために持続性のある商品にはなることは出来ませんでした。
これからのワイヤレス新時代において多様なワイヤレスビジネスが出てくると考えられます。コンテンツ、アプリケーションのソフトの時代だと言われますが、先ずは顧客の要望にきちんと応えられるしっかりした土管=インフラがあってのサービスだということが大前提だと思われます。
最後にもう一つ、PHSにはNTT加入電話回線につながる「ホームステーション」があります。
これは、前回のWi-Biz通信の「電波の話」で書きました、家や事業所のコードレス電話端末の親機です。
PHSのホームアンテナとホームステーションの基本コンセプトは、現在私たちが日常生活の中で毎日使っている、Wi-Fiルーターとアクセスポイントと同じだと思われませんか。PHSもWi-Fiも自律分散制御で通信が行われるところも一緒なのです。
図4は、Wi-Fiルーターの構成図です。
図4 Wi-Fiルーターの構成図
PHSのホームアンテナとホームステーションの両方の機能を具備しています。
又、指定した時刻になるとインターネットにアクセスしコンテンツをダウンロードする最新の録画機能を有していました。
ワイヤレスはなくてはならない生活必需品になっていますが、時代が変わり技術が進化する中でプライベート空間をワイヤレス化するPHSやWi-Fiの技術はますます重要になると思います。
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