ビジネス情報
「産業IoT市場」を窺うMulteFire
IT情報通信ジャーナリスト 藤井宏治
4G(LTE-Advanced)のシステムを、各国のアンライセンスバンド(免許不要帯域)の規制に適合させ、無線LANと同様に一般企業が手軽に利用できるようにした自営無線システム「MulteFire」が、米国などで立ち上がる兆しを見せています。
MulteFireはクアルコムとノキアによって2015年末に設立された「MulteFireアライアンス」(2018年5月末時点で44社が参加)で標準化されており、2016年12月に初の標準規格「Release 1.0(MulteFire 1.0)」が策定されました。
1年を経てノキアが今年1月に初の商用スモールセル基地局を第2四半期から世界市場に投入すると発表。2018年下半期にはこれを用いた実証試験(PoC)が本格化、商用導入に踏み切る企業も出てきそうです。
ノキアが今年投入するMulteFire小セル基地局(アクセスポイント)
商用製品の展開にやや時間がかかった理由の1つに、MulteFireのユースケースが必ずしも明確でなかった点が挙げられるでしょう。
MulteFireで想定されている主要な用途に、無線LANで行われているエリアオーナーが構築したネットワークを通信事業者などに貸し出して、収益を得るビジネスモデルがあります。MulteFireアライアンスでは、携帯電話事業者の4G/LTEサービスとシームレスな運用が可能で、容量が大きくとれることから、特にスタジアムなど利用者が集中する場所でのトラフィックオフロードに威力を発揮すると見ています。
こうした用途でMulteFireを利用するには、市販の4G/LTE端末が広く5GHz帯などのアンライセンスバンドのMulteFire仕様をサポートする必要がありますが、これには時間がかかりそうです。
トラフィックオフロードのニーズはスマートフォンに標準搭載されている無線LANである程度満たされています。さらに、米国ではアンライセンスバンドを活用する技術への携帯電話事業者の関心が、既存の4G/LTEネットワークと一体運用できる「LAA(Licensed Assisted Access for LTE)」に向いているという事情もあるからです。
MulteFireが想定している3つのユースケース。産業分野での利用が先行するものとみられています。https://www.qualcomm.com/documents/multefire-technology
そうした中、まずMulteFireの利用を牽引するとみられているのが、産業分野での利用です。
例えば、MulteFire(4G/LTE)のシステムは広範なエリアを効率的にカバーできる特性を持つため、工場や港湾などの通信網の構築に適しています。スマートフォンに標準搭載されているVoLTE機能を活用した高品質な内線電話の実現も期待されています。
さらにMulteFireの利点となるのが、コアネットワーク(EPC)をローカル側に配置することで、10m秒レベルの低遅延のデータ通信が可能になることで、これによりクレーンなどの遠隔操作も実現できると見られています。
ノキアでは、MulteFireを活用することで、「現状では携帯電話キャリアと提携して行うしかない車両の遠隔操縦のトライアルなども、企業が独自に行えるようになる」と見ています。
米国の動きで注目されるのが、無線LANで広く用いられている5GHz帯だけでなく、2016年に新たに開放された3.5GHz帯の軍民共用帯域(CBRSバンド)をMulteFire1.0で利用できるようになっていることです。
この帯域は、4Gで用いられている日本の3.5GHz帯と重なっているため、既存の4G端末をベースにMulteFireの端末が容易に開発できるようになる可能性があります。中国はこの帯域を2019年から5Gで利用する計画を打ち出しています。MulteFireの5G対応が実現すれば、産業分野での活用が加速することになるでしょう。
このような「産業IoT市場」の開拓に向けた動きは、無線LANでも出てきています。
富士通の小会社モバイルテクノは、「WLAN-Advanced」の名称で、ファクトリーオートメーションや建築現場などでの利用を想定した次世代無線LANの開発を進めています。電波環境の変化に自律的に対応、工場などの厳しい運用条件でも機器の遠隔操作などを確実に行えるようにしようというものです。
日本では、MulteFireの導入に向けた検討は始まっていませんが、海外で産業分野でのMulteFire活用が広がれば導入を求める声が強まる可能性があります。産業分野のワイヤレスネットワーク活用をどこまでフォローするのか、無線LAN陣営としても検討を進めておく必要がありそうです。
■Wi-Biz通信(メールマガジン)の登録はこちら