トップインタビュー
野村総合研究所 研究理事 桑津浩太郎 氏
未来創発センター センター長
コンサルティング事業本部 副本部長
5GネットワークはWi-Fiに近づく
産業分野ごとの新たな需要開拓が問われる
長年、通信業界を分析し数々の提言を行ってきた、野村総合研究所の桑津浩太郎氏は、ワイヤレス業界が大きな転換期にあると指摘する。
特に5Gはこれまでの携帯電話とまったく異なる新しいネットワークであり、従来のキャリアのビジネスモデルは成り立たなくなると指摘する。
また、5Gは技術的にもWi-Fiに近づいてきていると見ている。これからのワイヤレス市場を大胆に予測してもらった。
5Gの登場とWi-Fi
――ワイヤレス市場は大きな変化に差し掛かっていますね。
桑津浩太郎 ワイヤレス業界はいろいろな意味で転換期に来たと思います。やはり一番大きいのは「5G」です。5Gは前倒しで、2019年には登場するといわれております。
5Gには2つの側面があって、1つは今までの携帯の1G、2G、3G、4Gの延長線上です。つまり、携帯がより速く便利になる流れです。eMBB(enhanced Mobile Broadband)と言われています。
もう一つは、URLLC(Ultra-Reliable and Low Latency Communications)及びMTC(mMTC(massive Machine Type Communications)と言われているもので、いわば制御に使う5Gです。こちらはこれまでの延長線上にはありません。
人に対する需要ではなくて、物、社会、機械に対する需要となります。この新しい需要を起こさないと5Gは、もうからないという構造になっています。
――新しい要素を持つ5Gの登場で、Wi-Fiとはどういう関係になるのでしょうか。
桑津 前者の側面で、携帯がどこにでもつながってスピードが速くなれば、Wi-Fiはいらないのかという議論がありますが、それは間違いです。
5Gは技術的にはむしろWi-Fiに近づいてくると思っています。というのは、2019年にスタートする5Gは、電波帯域は3.4GHz帯、4.7GHz帯です。かなり無線LANと同じ帯域になっています。電波の飛ぶ距離はWi-Fiとそんなに変わらないのではないかというのが1つです。
2022年以降に出てくる5Gのフェーズ2は明らかに高周波数帯域です16GHz帯とか22GHz帯とか35GHz帯です。アメリカに至っては50GHz帯というところまで対象に入っています。
こんな高帯域の電波はあまり飛距離が伸びないわけで、逆説的な言い方ですが、インフラは無線LANの固まりになるのではないかといわれています。厳密にはその上にソフトウェアのコントローラが付くわけですが、電波の帯域や飛ばし方、機器の設置の仕方という観点でいうと、5GとWi-Fiはほとんど変わらないのではないかと思っています。
今、利用者は携帯とWi-Fiを切り替えて使っているわけですが、5Gを本格的にやればやるほど、インフラはどんどんWi-Fiに近づいていくという構造になっていて、5Gの後半になったらWi-Fiと一緒になってしまうのではないかという見方をしています。
――もともとは、携帯電話は電話ネットワーク系で、Wi-Fiはインターネット系で、別の技術系列でしたね。
桑津 両者の違いは、厳密には接続のプロトコルとか電話用途の違いとか議論はあるのですが、今それは関係なくて、すでに携帯電話だって電話じゃなくてメールとwebが中心になっているわけです。
携帯電話ネットワークというのは位置情報とか、いろいろ細かいデータを取っていますけど、それは個人対個人がコミュニケーションするための基盤だからなのです。
しかし、今や携帯電話の利用の大半は、個人対個人のコミュニケーションではなくて個人対サーバー、クラウドでやっているわけです。
その状況を考えると、実は電話の機能はあまりいらなくて、クラウドにアクセスする機能があればいいわけです。そういうことを考えると、実は5GとWi-Fiというのは、2022~2023年以降は等価じゃないかと。
利用者に区別が付かないのではないか。そもそもそこを分けること自体が利用者にとってはよく分からないのではないかと。
利用者からは携帯電話とWi-Fiの区別って表示マークの違いでしかありませんが、技術からしても、同等のものという位置づけになってしまいます。
――5GとWi-Fiはどんどん接近していくということですね。
桑津 携帯電話と5Gは今まで補完的だと言いながら、別のものでした。Wi-Fiはあくまでアクセスですという議論をしていたわけです。
高帯域であればあるほど電波が飛ぶ距離は短くなるということは、光ファイバーをよりたくさん引かなきゃいけないという構造になっています。つまり、携帯電話は今までは基地局投資だったのですが、5Gのフェーズ2の投資は基地局の数がものすごく増えますから、増えた基地局までファイバーを持っていくことになり、実はファイバーへの投資ということになる。
これは実はもう無線LANじゃないのか、町という町を無線LANが埋め尽くしたのが5Gじゃないのかということになります。
携帯電話とWi-Fiは今は違う人たちがやっている違うビジネスであり、利用者は切り替えて使っていますが2020以降になると、そもそも切り替えるとかという議論はたぶんなくなるだろうと思います。
――携帯電話はキャリアのネットワーク、Wi-Fiは自営のネットワークという根本的な違いがありますね。
桑津 そうです。その分だけWi-Fiの方が技術更新のサイクルが早いです。携帯電話は余計な機能までたくさん付いているので、1システム変えるのに10年掛かっちゃうのですね。たぶん、それはこれからもそうなるでしょう。
5Gのフェーズ2が2022年ぐらいだと言っているのですけど、もしそれが遅れると、場合によってはWi-Fiの方が機能が高い時期が2022年から2~3年は来るような気がするのです。
とすると、結局利用者にとっては、それがつながるのであればいいわけで、そもそも両者を区別する必要性はなくなるのではないかというのが電波をめぐる議論なのです。
「光ファイバー+無線」という構造
――モバイルはこれまでは基地局投資、それが5Gになると光ファイバー投資の比重が高まるとなると、5GのWi-Fiモデル化ですね。
桑津 モバイルの場合はまず基地局ありき、Wi-Fiはすぐそこまでファイバーが来ているというイメージが強烈です。だけど、5Gはそこまでファイバーを引かなきゃいけない。
5Gの免許ライセンスの議論をやっていますが、昔は基地局でエリアカバレッジをどれだけやるかというのが免許の条件だった。これから5Gのフェーズ2、フェーズ3になれば、むしろファイバーをどれだけ引くかということを条件にすべきだとなります。電波距離が短くなっているので、ファイバーは別の方にお願いしますという人に余り無責任なことをやってほしくないというモデルになると思うんです。
実はこの議論はヨーロッパですでにあって、ヨーロッパは3Gのときに携帯の基地局までの回線も無線中心にしたのです。日本は全部光ファイバーで引いていましたが、ヨーロッパは光ファイバーの更改が遅れたので、特にイタリアなどは携帯電話の基地局まで電波で飛ばしているのです。
そのため、都心部においても4Gの更新がすごく遅れました。当たり前ですけど、電波でつないでいる以上、光ファイバーと違って容量を急速に増やすとか、融通がきかないわけです。
初期の工事期間こそ短いものの永続的なコストやキャパシティの拡大を考えると、ファイバーを引かないで全部電波で済ますというのは、社会的な便益を落としているのです。
つまり、電波を本当に使いたいのであれば、ぎりぎりまでファイバーを引けというのが、これからの5Gの条件なのです。それが高帯域の電波を使う前提なのです。
ファイバーは引け、その上で電波を飛ばす距離をできるだけ短くするように努力するというのが、限りある電波資源の有効活用であり、社会の生産性なり効率性を高める仕組みなのです。全部を電波にしてしまうとかえって電波の無駄遣いになるのです。
一番足りなくて困っているのは電波帯域ですから、電波を最大限に活用するほうを優先すべきなのです。するとファイバーをたくさん引かなくてはいけない。このモデルをどんどん突き詰めていくと、結局5GとWi-Fiは同じ方向になりますね。
――5Gの次である、「Beyond 5G」の論議も始まっていますが、さらに光ファイバーの比重が大きくなりますね。
桑津 そうです。ほとんど光ファイバーがユーザーまで来るわけで、そこから先、電波は少しだけでいいのです。あとは、すべて光を引けという話になります。ネットワークの全部を電波にされてしまうと、すごい無駄遣いになり、キャパシティが増えないわけです。
光ファイバーへの補助金の話も出ていますが、補助金を充てるよりも、よく電波料とかオークションと言っていますが、オークションで取ったお金はファイバーへ回すべきなのです。電波オークションで取って国庫に入れられたら単なる増税です。
もし、どうしてもオークションで取るというのだったら、オークションで取ったものを電波が通ってない固定の光回線に回さないと、生態系、エコシステムが形成できないのです。
日本だけではないですか、携帯電話と固定電話の事業に壁を引いているのは。これが一体だったら全部合理的にできるわけです。
もしそれができないというのであれば、携帯電話事業者からのオークションの料金のお金は携帯電話が届かない固定の光の方に回さないと、光のファイバーを引く人がいなくなってしまいます。
いずれにしても、次世代の5GもしくはBeyond 5Gは、限りなく「ワイヤレス+光ファイバー」に近づくのです。それが、5GとWi-Fiの今日的位置付けです。Wi-Fiというのがワイヤレス市場の隅っこにある小さいシステムというのではなくて、人々のそばにある基盤、インフラというふうに位置付けが変わってくるのです。
Wi-Fiの事業者と携帯電話の事業者というのは変わらないと思うし、電波のいいとこ取りという携帯電話事業者のモデルは成立しなくなりますね。固定に対しての投資、もしくは固定に対しての補助みたいなものをセットにしない携帯電話事業者というのは、おかしいのです。
これからは、ともかく電波の有効活用が絶対にマストです。需要が増えているわけですから。そのためには、逆説的ですけど、電波を使う距離を短くしなきゃいけない。
よってファイバーをたくさん引かなきゃいけないというモデルは実はWi-Fiのモデルなのです。Wi-Fiのモデルと固定のインフラのモデルが限りなく近接してくると思います。
――Wi-Fiのビジネスモデルと携帯電話のビジネスモデルの問題になりますね。
桑津 そもそも携帯電話はインテリジェントにネットワークをコントロールするという全体コントロールのほうに非常に意識を持っています。元は電話ですから。電話というのは、お互いにどこにいるのかを認識するのが非常に重要でした。人対人のコミュニケーションですから。
しかし、今のコミュニケーションは、人対クラウドです。要するにクラウドにさえつながればいいわけです。個人対個人の位置情報をお互いに知り合う必要とか、つなぐために情報を管理しなきゃいけないというニーズは正直あまりないのです。そんなのは全部ソフトでやればいいわけですから。
携帯電話という言葉が非常に誤解を招いている。厳密に言えば電話だってクラウドベースになっている。昔の回線交換での電話接続のイメージが頭の中に残っている。しかし、5Gのインフラを見ると、回線交換の設備はなくなってすべてIPになっています。
それでも電話である以上、プライムの機能には個人に番号が振ってあって、その人につなげなければいけないから、その番号の人がここにいることによって、ネットワークを常時管理するとか、いろいろな仕組みになっているわけです。そこにすごくエネルギーを使う必要は正直ないと思っています。
Wi-Fiのビジネスを考える
――今後のWi-Fiのビジネスの方向はいかがでしょうか。
桑津 ヒントになるのは、例えば飲食店に付いているWi-Fiはアクセスして1時間で切り替えるときに広告宣伝が出ますね。そういうコンテンツもしくはサインポスト、看板ですね。ネットワーク上の看板ではないかと思います。そこに何を書くかというコントロールは、事業者なり広告代理店なりがやることでしょう。
私は、その場所にくっ付いているサインポスト、看板という位置付けが大事だと思います。Wi-Fiはネットワークの看板だろうという議論をすべきなのだろうなと思っています。
――それはWi-Fiならではのビジネスですね。
桑津 もう一つのヒントは、与信です。今、中国や新興国で一部出始めているのですが、飲食店の人が銀行にお金を借りたいというときに、銀行の人に言うわけです。「うちには日々、毎日100人ぐらいのお客が来て、1人800円ぐらい使ってくれるから」と。
お客が何人来ているかというのが、その会社にお金を貸せるか貸せないかのポイントになるわけです。入ってくるお客の数が分かれば、そのお客に対して単価を掛けたら、だいたいの商いの規模が分かるじゃないですか。アーニングというかレベニューが分かるわけです。
一番のポイントは何人お客が来ているか、確実に分かるということです。自分たちの信用を、証明するための基盤として使うわけです。
5Gの新しい側面と新たな課題
――5Gのもう一つの側面については、どういう意味を持つのでしょうか。
桑津 テクノロジーのトレンドでいうと5Gが来ているわけですが、実は同時期にIoTやAIや自動化というテーマが来ていますね。これは技術が出来上がってきたと同時に、社会自体がそれを必要としていることなのです。
日本も中国も韓国も先進国の多くで人口が減少し始めている。そういう状況下で社会の生産性を上げなければいけないという議論です。昔は移民を連れてきたが、今、実は世界中で移民が足りなくなっている。中国やその他も昔は移民を出していたけど、むしろ一人っ子政策をやめて増やそうしている。
つまり、世界中で人が足りなくなるのです。2020年以降、人は奪い合いになるのです。
そういうのを考えたときに社会の生産性を、今いる人間で上げていこう。だから、無人化、自動化、遠隔操縦という議論が出てきているのです。
そこで、5Gなりネットワークの位置付けは重要になる。その際の置き換えとしては、自動化や無人化のソフトウェアの部分はビッグデータやAIが対応する。それを遠隔なりというのはネットワークが対応する。
最初はIoTです、それは目、耳、神経網です。次に5Gが制御、手足、神経網として動くというのが大きな技術の流れのトレンドです。
今、4K/8Kがすごく普及し始めていますが、4K/8KはアナログからHDTVというふうにデジタルに変わったのとは根本的に違うところが1つあると思っています。というのは、4Kまでは人間がディスプレイを見ていました。
ところが、8Kはもちろん人間がディスプレイを見るんですけど、むしろ逆に機械がカメラで人間を見るための8Kになっています。AIが人間を認識するときはたしかに8Kの方が4Kよりいいのです。
つまり、解像度の上昇というのが、人間がディスプレイで見るものを超えたのだと思います。人間の目では区別が付かないくらいになっているのです。そして、AIが人を認識するためのネットワークが5Gだという言い方ができるわけです。
5Gというのは人間が電話でしゃべるためのものではなくて、AIが遠隔で操作し、社会で役立つためのインフラなのだと思います。
――それが制御のための5Gという内容ですね。
桑津 制御の5Gということは、需要が人に対する需要じゃなくて、産業というか物、社会、機械に対する需要です。5Gは、そういう新しい需要のためのものなのです。
5Gが一番、対象にしているものは何かというと、実は1周回って人だと思うのです。とはいっても写真を撮ったりSNSといった人間の発信活動ではなくて、町中を歩いている人、働いている人、危ないことをしている人、車に乗っている人といったような、機械と一緒に動いている人を見るというのが5Gの役割なのです。
そのとき5Gは別に人間とコミュニケーションしようと思ってないわけです。人間をセンシングする、守る、モニタリングする、そのためのインフラが5Gです。だから、映像とかカメラが高精細度になってAIが画像認識できるようになっているのです。遠隔制御もそうでしょう。
当たり前ですけど、電話とかメールとかは、どこの国でもやることは同じなわけです、コンテンツと言語は違いますが。だけど、産業の用途は全部違うわけです。
機械を遠隔操作する、温度を監視する、危ない人を見る、落ちているものを検知する、道路がきれいかどうかを見る、棚がちゃんと並んでいるかどうかを認識する、全部アプリは違うわけじゃないですか。
5Gというのは、そのためのものだと思うんですね。そういうのを考えたときに今までの通信事業者のARPUモデルは成立しなくなるだろうと。
産業界はそれぞれ全部違うわけです。人間のコミュニケーションの共通性に比べたら全然違います。そこが通信事業者が5Gで劇的に変えなきゃいけないところです。単なる4の次の5じゃないのです。要するに4までが人、4から後は物なのです。そこがこれまでとは全くことなる段階に入るのだと考えています。
5Gはお客さんによってニーズが違うわけです。金融と製造と流通と物流はニーズが全部違うのです。個別に対応しなきゃいけなくなる。これは通信事業者にとって、滅茶苦茶でかいチャレンジですね。
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