技術情報
位置情報の取得方法とその活用 第3回
Wi-Fiによる位置情報の特徴とその活用方法(その1)
北條 博史
2回にわたって位置情報の取得方法やその精度についてご説明してきましたが、今回からWi-Fiによる位置情報について、特に接続情報をもとにした位置情報の特徴とその活用についてご説明します。
位置情報の取得方法とその活用についての課題
前回までに位置情報を取得するいろいろなシステムについて説明してきましたが、その内容はGPSをベースに数m~数10mの誤差で「地球上での位置」がわかるものや、UWBを用いて数cmの誤差で「部屋内の位置」がわかるものなど千差万別でした。
位置情報で重要なのは、得られる位置情報の精度、位置情報取得までの時間(リアルタイム性)などに加えて、位置情報をその該当精度で取得できる比率(位置情報の信頼性)が重要になります。例えばGPSはリアルタイム性を要求しなければ該当精度で位置情報を取得できる確率はほぼ100%といえますが、ある時点の位置情報を即座に必要な場合には、見える衛星の数が少ないなどの理由で大きくずれるデータが出力される可能性を秘めており、実際に信頼性の必要なユースケースでは使えない可能性があります(仮に「準天頂衛星みちびき」を使って精度を向上したとしても同様の誤差は発生します)。
このように、無線を使った位置情報についてはやはり不確定性が多いため、利用できるユースケースを制限してしまうことになります。
基地局への接続情報による位置情報の取得
実はもっとシンプルで分かりやすい位置情報の取得が基地局への接続情報から取得できます。それは、もし接続した基地局が分かれば、基地局の位置情報は分かっているので、端末の位置はその周辺(電波の飛ぶ範囲)であることがわかるということになります。
実は携帯ネットワークへの接続情報をベースとした位置情報については、すでに携帯キャリアが実利用を開始している事例があります(NTTドコモのモバイル空間統計サービス*1⇒図表1参照)。
図表1 モバイル空間統計サービスで分かる情報
(NTTドコモホームページより引用*1)
これは、携帯端末がモバイルネットワークに位置登録をしたり、実際に接続したりした情報をもとに位置情報を導き出し、それを匿名化し統計化することにより、日本を碁盤の目状に区分けしたエリア毎の存在人数を集計するものです(実際はドコモユーザのみの統計ですが、比率がわかっているので総人数の推定が可能です)。
今回ご説明するのは、この方式のWi-Fi版です。つまり、Wi-Fiのアクセスポイント(AP)に接続してきた情報を取得することにより、そのAPの位置情報から端末の位置がわかるというものです。
取得するのはAPに接続したという情報のみで、位置情報はもともとのデータベースにあるものから引用することになります。携帯と異なる点は、Wi-Fiの電波の飛ぶ範囲が携帯の場合(数100m~数km)に比べて限定されているため、より高い精度で位置情報がわかるということになります。この精度はWi-Fiの電波の飛ぶ範囲がおおよそ数10m以内であることから、携帯に比べて1桁以上の精度向上になります(図表2)。
もっと言うと、コンビニなど孤立店舗の場合を考えると、その店舗に立ち寄ったかどうかがわかることになります。以降に述べますが、このことがWi-Fiの位置情報の価値を高めることになります。
図表2 Wi-Fiとモバイルのエリアサイズ
Wi-Fi接続情報の取得方法
Wi-Fiによる接続情報のログというのは実はいろいろ種類があって、具体的には以下のようなログ取得方法(対象となる端末)があります(図表3)。
①端末が出すプローブリクエスト*2を該当APが検出(通りすがりの端末すべて)
②端末がAPに接続してくるアソシエーション信号*3を該当APが検出(SSIDが登録されている端末)
③端末がAPに接続した後に送信するDHCP信号をDHCPサーバが検出(IPアドレスを取得しようとする端末)
④端末接続後、認証などの信号を認証サーバまたはWebサーバで検出(サービ ス利用者)
図表3 Wi-Fi接続情報の取得方法
②については、一般の家庭用APでは取得されるログではありませんが、エンタープライズ向けに販売されているような高機能なAPの場合にはログとして取得可能です。また、ログ①については、該当APに接続する意思がない端末からの情報も取得できるため、利用価値は高いのですが、データ量が格段に増えるため、これを取得して保存する機能についてはエンタープライズ向けのAPであっても通常機能には含まれていません(また、このデータはプライバシーの問題があり取り扱いには注意が必要となります。これは次回以降に説明します)。
いずれのログを取得しても、得られる情報は、ある特定のMACアドレスを持った端末が基地局に接続した(場合によっては切断したという情報も取得できます)ということがわかることになります(ただし、③④についてはVLANタグを付加するなど、どのAPから接続してきたかがわかるような仕組みをネットワーク内に入れておかないといけません)。個人のAPでこれらのログを取るのは大変ですが、例えばWi-Fi事業者にとっては、そもそもWi-Fiネットワークの運用・保守監視のために取得しているログになるので、それを流用することにより位置情報を取得することが可能になります
また④については、モバイルキャリアであればユーザ情報と結びつけることにより、国籍、性別、年齢などの情報と紐づけることも可能です(ただし、通信の秘密やプライバシーの問題があるのでこれらの処理は簡単にやれることではありません。これも次回以降に説明します)。
Wi-Fi位置情報の活用のポイント
これまで説明してきた通り、Wi-Fiの位置情報は具体的なランドマークに紐づいている点が最大の特徴です。例えばあるコンビニの店舗にあるAPへ接続したログを取得できれば、その時間にその端末がAP付近にいたことを意味しますが、普通に解釈すれば、その端末の所有者がそのコンビニを該当時間に利用したという解釈ができます。携帯の場合は、基地局自体のエリアが広く、ランドマークに紐づいていないので、先の例ではそのコンビニの周辺エリアとしかわからず、コンビニの隣の喫茶店を利用していたかもしれません。
実は、最近ではこのWi-Fiの位置情報は警察の捜査にも利用されるようになってきており、当然通信の秘密なので裁判所の許可(捜査令状)がないと開示されませんが、該当時間にその場所にいたという傍証の一つとして活用されているようです。
さてWi-Fi位置情報の本当の価値は、実はこの位置情報の「時間的履歴」になります。感の良い人ならわかると思いますが、単一のAPからのログだけではそこにいたことのログだけですが、そのログの移動履歴がわかるともっと興味深いことがわかります。
例えば、ある観光地のターミナル駅Pに設置されたWi-Fiのログと、ターミナル駅Pから移動する観光地A~CやコンビニX~Z、それぞれのWi-Fiのログをすべて取得することができたら(図表4)、
①駅から各観光地にどのくらいの割合で移動したか?
②駅から各観光地までの移動時間はどの程度か?
③どのコンビニが最も利用されたか?
④コンビニはどのタイミングで利用したか?
⑤観光地A~Cの回る順序は?
など、他にもいろいろなことを推量することができるようになります。これらの情報の時間帯ごとのデータを観光協会やコンビニが取得できれば、立ち寄る観光客の増加に向けたいろいろな施策を考えることもできるでしょう。利用の仕方によっては大きな価値を生み出す可能性があり、広告宣伝費よりも効果があるといえるのではないでしょうか。
さらに災害時には貴重なログとなる可能性があり、仮に携帯の基地局がダウンしている状況であったとしても、避難所にあるWi-Fiへのログやその履歴から本人の安否を確認することのできる貴重な手段となります。
図表4 位置情報の時間的履歴
まとめ
Wi-Fiの位置情報の取得方法とその有用性についてご説明しましたが、これを読んで、このログを悪用されるととても危険なことになる、と感じられた方も多いと思います。次回は、取得データの匿名化手法や通信の秘密との関係について総務省の検討会の結果を中心に説明します。ビッグデータは便利で利用価値が高い反面、その取り扱いには、個人情報保護やプライバシーの観点から、最大限の注意を払う必要があるのです。特に位置情報はムツカシイ……。
*1: モバイル空間統計(NTTドコモ)
https://www.nttdocomo.co.jp/corporate/disclosure/mobile_spatial_statistics/
*2: プローブリクエスト(Probe Request)
- 接続するAPを探している状態のWi-Fi端末は、一定時間毎(例えば10秒おき)に周りにいる不特定のAPに対してプローブリクエスト信号を発信する。周辺のAPはプローブリクエスト信号を受信したらプローブレスポンスを返信して自分の存在を端末に知らせる。端末は該当APが接続したいAPであれば、このあと接続シーケンスをスタートする。
*3: アソシエーション(Association)
- Wi-Fi端末がAPに接続するときに、最初にAPに接続するシーケンスをアソシエーションと呼ぶ。IPアドレスの取得やユーザ認証の前に行うシーケンスであり、通常の暗号化なしのAPの場合には、端末側に接続履歴があれば、自動的にアソシエーションは行われ、端末⇔AP間の接続は完了する。
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