活動報告
第16回総会 特別講演
「デジタルビジネスの発展から考える情報通信ネットワークと無線LANの未来」(下)
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3.デジタルビジネスの発展から考える情報通信ネットワークと無線LANの未来
私は情報通信技術委員会の中で、ユースケースワークを実践する研究会の運営を担当し、ファシリテータ役を務めています。また、「スマートIoT推進フォーラム」のIoT価値創造推進チームのリーダーも拝命していて、IoT導入事例の紹介のため去年は30件ぐらい取材しました。このようなユースケースワークの実践やIoT導入事例の取材を通じていろいろなことが分かりました。
1つは、望ましい未来社会の姿を描いて、その実現のための課題とかアイデアを発見するプロセスの中で、多くの気付きや知見が生まれることです。IoTやデータ活用では、イノベーション創出プロセスの一環として、国際的にはユースケースワークを行うことが一般的になっていますが、それは有用だと改めて認識しました。幸いなことに日本でも少数ではありますが、望ましい未来社会の姿を描きビジネスを変えていこうとする企業が現れています。また、ユースケースワークに挑戦する企業も出てきています。
このような探査型ワークを経営陣が上手に促進すれば、組織のイノベーションマインドが刺激・強化されます。これに成功し、改革が進み始めたという企業がちらほら出始めている段階です。例えば、ダイキンはオープンイノベーションを推進している事実を対外的にオープンにしています。このオープン化によって、アイデアを持ち込む共創希望者が増えたそうです。オープン化が、イノベーションを加速することを実感している企業が増えているように感じます。
「超高速」「多数接続」「超低遅延」は、IoTに必要な要件です。IoTが求める要件に対応したネットワークを開発・実装しないと、世の中で進み始めた省人化や自動化の流れに水をさすことになります。だから、5Gでは、超高速に加えて超低遅延、多数接続の機能をちゃんと開発しているのです。
「超高速」「多数接続」「超低遅延」以外にもいくつか必要な要件が明らかになっています。例えば「API連携」です。APIはApplication Programming Interfaceの略語ですが、ネットワークのリソースを自在に増減したい、提供される品質を変えたい、その操作をコンピュータで自動的にやりたいというニーズが結構あるのです。ソラコムのIoTプラットフォームは、急速にユーザ数を増やしています。その理由の一つは、APIを通して通信リソースの設定を変えることができるからです。
ユーザは、ネットワークリソースをダイナミックに使いたのです。例えば、プラントでトラブルが起こった場合、その状況をリアルタイムに知りたい、場合によっては障害の状況を映像情報で確認したいというニーズが急に発生しますが、このような状況を想定し、あらかじめこれに対応できるネットワークリソースを確保するとコストがかさみます。トラブルが起こったらコンピュータがAPIを通して自動的にネットワーク側と調整し、必要なリソースを確保して必要な情報をやりとりする。これが当たり前の姿ではないでしょうか。
それから、公衆モバイルとプライベートモバイルのシームレス化も要件として出てきています。なぜかというと、現時点では、公衆モバイルは無線LANなどのプライベートモバイルに比べ制御機能面で優れており、品質面でも優位性があります。しかし、欠点もあります。それは、自分に都合の良いネットワーク構築が難しいのです。例えば、工場の中で通信処理を速くしたいときに、プライベートモバイルだとエッジコンピューティングを工場内に置いて処理速度を速くすることができます。これが公衆モバイルだとどうなるでしょうか。嫌でも携帯オペレーターのサーバルームを経由しないとコンピュータリソースに到達せず、処理に遅延が発生するのです。となると、品質を確保しながら処理速度を上げるには、ローカル5Gで検討されているように、公衆モバイルの技術をプライベート空間用に自在に使えるようにすれば良いのです。この都合の良さに加え、広域でアプリを使いたいときには公衆モバイルにアクセスすることが可能であれば、IoT用のネットワーク構築の自由度が増すと思います。
さらに、AI活用によるネットワーク運用の省人化・自動化も重要です。IoTの立場から見ると、ネットワークに対する要件が複雑化し、かつ、ダイナミックに変化します。しかも、このような要件はシステム毎に異なると想定されます。つまり、IoTの発展とともに、ネットワークのカスタマイズ化が求められるようになるのです。このような環境では、AI活用によってネットワークの設定・制御・運用などを自動化しないと、十分な対応はできないと考えられます。
ユーザのさまざまな要望をユースケースワークやIoTが求める要件から抽出すると、現在のネットワークが抱える機能不備の点が次々に出てきます。残念ながら、我が国のネットワーク関係者には「ネットワークが遅れている」という認識が足りないように感じます。だから、ネットワークイノベーションに向けた十分な取組みが行われていないのだと思います。しかし、世界はそうではない。ネットワークが遅れているという認識があるから、これをイノベートすることでビジネス機会が生まれる、だからイノベートしようという動きが顕在化しています。
その一つは「TM Forum」におけるOpen APIに対する取り組みです。これはOTTといわれるサービス事業者、システムインテグレータと言った方が分かり易いかもしれませんが、こういった方たちに提供するネットワークオペレーション機能を「Open API」として規定しています。現在54のOpen API 仕様が公表されています。このような動きはネットワークの発展に大きな影響を与えるはずなのですが、残念ながら日本のサービス事業者の大半はこの議論に参加していません。
また、TM Forumは「Open API Manifesto」も作成しており、世界66か国で採用され、770社のメンバー企業、5400名がOpen APIをダウンロードし使用しています。また、欧州の官民連携プロジェクトで開発/実証されたスマートシティの基盤ソフトウェアの「FIWARE」では、Open APIを拡張APIとしています。世界では、Open APIに対してさまざまな動きがあることを認識していただければと思います。
先ほど製造業のデジタル化に必要なネットワーク機能について触れましたが、ここで説明するのは、「製造現場における無線システムの課題」です。製造現場では、無線環境は時々刻々と変化しています。人の動きや機械の動きで不感地帯が発生する、あるいは突然近所で無線システムが導入され混信が発生するなどの現象が起こっているのですが、こういった現場ごとに変わる無線環境は、現在、十分に管理できていない状況です。
だけど、工事現場や製造現場などで無線システムを使う時に、これでは困るのです。現在、総務省で「ローカル5G」の検討が行われていますが、ポイントの一つは無線システムの制御ができることです。IEEEの標準化作業を見ていると、無線LANなど異なるシステム間の混信を避けるために制御が不可欠だという議論が始まっています。このような議論が始まっているのは、ニーズがあるからです。マーケットニーズがある、そのような領域でネットワーク関係者はきちんとした解決策を提示すべきです。
ネットワークの自動運用については、世界でいろいろなプロジェクトが進められています。注目すべき流れは、「オープンソース」関連の活動です。オープンソース活用の動きはさまざまな分野で加速していますが、それが今後、ネットワークにおいても起こるのだろうと考えています。さまざまなネットワークを構築・運用する際のソフトウェアをオープンソースを活用して開発する、それがより柔軟でスピーディなネットワークの高度化を可能とする、近い将来にこのようなことが実現するだろうと考えています。
この資料は、ETSI(欧州電気通信標準化機構)のIndustry Specification Group on Experiential Networked Intelligenceというネットワークの中にAIを入れようというグループで検討されているシステムアーキテクチャと参照点です。下のほうのインフラレイヤーからデータを収集し、それをさまざまなアプリケーションで活用するため「アブストラクション・レイヤー」を定義し、真ん中にいろいろなAI関連のアルゴリズムを整備し、AI活用を進めようということで検討されたものです。今はAIを活用し、ネットワークを高機能化するために、このような検討が進められる時代になっています。
ここで「デジタルビジネスが求めるネットワークの姿」ということでまとめてみますと、まずIoTに適したネットワークを提供することが重要です。汎用ハードウェアとオープンソースを活用して、ネットワークインフラの提供コストを低減すると同時に、超低遅延とか多数接続などの各種要件に即応して、カスタマイズする技術やサービス基盤を提供することが必要になっています。そして、用途別にカスタマイズされた専用ネットワークを容易に構築できるようにするのです。
ある事業者が、オール仮想化ネットワークを作ると述べています。これを分かり易く言うと、4G用のネットワークがソフトウェアを入れ替えると5G用のネットワークに変わるということです。キャリアも新しいソフトウェアをインストールすることで、柔軟にネットワークを高度化する時代になっています。
それから先ほど述べたように、ネットワーク資源のダイナミックな運用・管理・制御でAPIが不可欠になってくるし、公衆モバイルとプライベートモバイルのシームレス化も必要になってくる。このシームレス化は、ローカル5Gから拡がると考えています。またAI活用によるネットワークサービスの高度化や自動化も進むでしょう。一方、セキュリティの一層の高度化という要件の実現に向け、分散型台帳技術とか機械学習を使うことになると考えています。このような要件を満たすネットワークを実現するには、ネットワーク自体が知的なネットワークに変わるというイノベーションが必要です。
イノベーションのポイントとしては、従来の価値軸では、高速、大容量、運用コストの低廉化がイノベーションの軸だったのですが、新しい価値軸ではこれに加え、低遅延、多数接続、カスタマイズされた専用ネット、API連携、公衆&プライベートモバイルのシームレス化、セキュリティ機能などがイノベーションの軸に加わります。この新しいイノベーション軸の実現に向けて技術開発やシステム開発の方向を変化させ、面白いアイデアを突き詰めていくと魅力的なビジネスやサービスが開発できるのではないかと考えています。
4.未来ネットワークの実現に必要な発想と行動
このような環境の中で今後のネットワークの姿がどうなるのか、考えてみました。今のネットワークは「ネットワークインフラ」があって、それをサーバ上でコントロールしてサービスとして提供する「ネットワークサービス」があります。各種アプリケーションがこのネットワークを使ってサービスを提供する。また、ネットワークインフラの下には「ローカルネットワーク」があり、クローズなエリアでネットワーク機能を提供しています。しかし、これからはこれらの機能に加え「オーバーレイソリューション」が極めて重要になるだろうと考えています。
プラント工場の制御を考えてみましょう。工場の制御に必要なネットワークリソースを自在にコントロールする。必要なときは使うリソース量を増やし、必要がないときは減らす。これを可能にするのが「オーケストレーター」と「オーバーレイソリューション」です。また、自動運転や金融サービスなどネットワークに高い信頼性や可用性が求められるサービスでは、オーバーレイソリューションとオーケストレーター経由で複数のネットワークサービスを利用し、一つのサービスがダウンした際には別のサービスを使ってバックアップすることも一般化するかもしれません。
グーグルやアマゾンは、このようなネットワークの活用法を狙っているのではないでしょうか。彼らは、さまざまなトラフィック情報を収集しているはずなので、このようなAI活用が必須のオーバーレイソリューションの提供に必要なデータは持っているはずです。一方、ファーウェイはハードを提供していますが、一部のキャリアはハードウェア提供者に保守・運用の一部を任せている実態がありますので、ここもトラフィック情報を持っているはずです。ファーウェイもオーバーレイソリューションの提供が可能な立場だと考えられます。将来、グーグルやアマゾンとファーウェイが、さまざまな自動化に必須となるオーバーレイソリューションの覇権をかけてぶつかることもあり得ると考えています。
「今後のネットワークの発展方向」ですが、ネットワーク分野のイノベーションの方向は高速・大容量化だけではない時代となり、技術開発の方向が変わっています。そして、技術革新の成果を実際に実装することを考えると、オーバーレイソリューションという方向性が出てくるでしょう。
オーバーレイソリューションでどこまでネットワークリソースを自由に制御できるかについては、キャリアやMVNOが提供するネットワーク機能に依存しますが、TM Forumでの標準化の流れを見ていると、これからは機能をどんどん使ってもらう方向に変わるでしょう。
このような流れの中で「ローカルネットワーク」もローカルネットワークだけに閉じて考えてはいけない時代になっています。エンドツーエンドの機能でネットワークをデザインする時代なのです。エンドツーエンドで考えると当然のことながら、データセンターがあって、プラットフォームがあって、ネットワークがあって、エッジがあって、そしてローカルネットワークがあり、アプリケーションを動かす環境の中でそれぞれに何が求められるかを考えなければなりません。その中でローカルネットワークの機能を考えなければいけません。品質をどうするか、安全性をどうするか、そういった要件をエンドツーエンドでデザインしなければならないのです。
ローカルネットワークだけで考えても、これはできない。だけど、ローカルネットワークなしに全体のデザインもできない。したがって、ローカルネットワークもきちんとデジタルビジネスという観点から必要とされる機能考え、マーケットを創っていくことが求められます。
そういう環境の中で、今後は、ローカル5Gが無線LANの競争相手になるだろうと考えています。どちらが勝つかは分かりません。それは、マーケットが決めることです。でも、エンドツーエンドやAI活用の観点からローカルネットワークや無線LANを見ると、これからの無線システムの競争優位性確保のポイントが見えてきます。それは「見える化」だったり、「制御」だったり、「自動設定」とか「自動運用」などです。これらを実現するために、無線システムがやるべきこともある程度見えています。それは、発射されるスペクトラムを計測し、利用周波数とか空中線電力とか送信方向などを計測し、制御することです。
実は、ネットワークの中でAI適用の検討が、一番進んでいるのは無線システムの部分です。また、制御ソフトウェアのオープンソース化も進んでいます。無線システムは制御が必要で、かつその制御を行うための計測データも収集可能なのです。現在は、計測データを組織的に収集していない組織が多いと思われるので、まずはデータを収集するところから始めなければいけないのですが、データを収集し、この分析・活用結果を無線システムの運用の自動化やより高い品質の実現に結び付けていくことが、これからの価値創造のポイントとなります。
現在、価値創出の起点が顧客課題、社会課題の解決に変わってきます。また、さまざまなデジタルビジネスのユースケースを考え、その共通要素を割り出してプラットフォーム構築につなげるというやり方が次第に一般化しています。また、ネットワーク技術の開発についても、技術開発とその実証を同時並行で行い、かつ「マーケティング」も一緒にやることが国際的には当たり前になっています。現在、重要視されているキーワードは、スピードです。
開発のやり方が変わり、従来のクローズな開発では競争に負けてしまうのです。ただし、何でもオープンにする訳ではありません。当然のことながらクローズ領域は必要です。しかも、オープンとクローズは二元的なものではなく、その間にさまざまなオプションが存在します。オープン領域とクローズ領域をきちんと考える、オープンやクローズの度合いをきちんと考える、これが戦略として重要な時代です。
時間がないので飛ばしますが、供給サイドと需要サイドが協力する技術実証のメリット例を考えましたので、これは後で読んでいただければと思います。5Gではこのようなメリットを意識して実証実験が進められているということも、総務省が報道発表している5G総合実証試験の実施概要で見ていただければと思います。
最後の「まとめに代えて」に書いていますが、ネットワーク分野で大きなイノベーションが起こりつつあることを認識し、方向性を間違わずに自分たちがやるべきことを考えることが極めて重要になっています。
その中で、ローカルネットワークについても、その役割を再定義することが必要です。再定義を行い、必要とされる機能高度化に挑戦する者が増えると「無線LANビジネス推進連絡会」関係者のビジネスがさらに発展するはずです。ぜひ会員の皆さま方には、次世代のローカルネットワークや無線LANがもたらす新しいビジネス機会に向かって頑張っていただきたいというエールを送りまして私のプレゼンテーションを終わりにしたいと思います。ご清聴、ありがとうございました。
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