ビジネス情報
IoTにおけるWi-Fiの役割と802.11ah
第1回 IoT時代の到来と11ah
802.11ah推進協議会(AHPC)
会長 小林忠男
日本では、約25年前の1995年にインターネットと携帯電話が本格的に普及し始めました。私はちょうどPHS事業に取り組んでいましたが、凄い時代がやってきたと実感しました。しかし、老若男女のすべての人たちが携帯電話を身に着け、一台の端末でインターネットをやる時代が来るとは、その時は全く信じられませんでした。
ところが携帯電話とインターネットが一つの端末で可能となるスマートフォンの登場もあり、誰でもが何処でも何時でも、インターネットも電話も出来る時代になり、25年前の夢が現実のものになりました。
昭和48年に電電公社に入社したばかりの頃から「電話」の次は映像と音声を同時にやり取りする「テレビ電話」だと言われていました。実際、様々な開発が行われてきました。21世紀になってもその当時描いたサービスは提供されていませんが、YouTubeやSNSなど別の形態でクラウドを介して膨大な動画のやり取りが行われ、世界中の人々が楽しんでいます。NTTの夢は別の形で現実のものになり、人々の情報のやり取りを劇的に変えています。
次なる夢のひとつは、様々なモノがインターネットにつながる「IoT」ではないでしょうか。
半導体や部品等の技術革新によって様々な端末やデバイスの軽量化、低廉化が進み多くの人が手軽に自由にモノの状態を把握、監視できるようになってきました。
また、これまでは端末や機器をネットワークに簡単に接続することが難しかったのですが、インターネットの世界的拡大のなかでWi-FiやBluetoothやNFC(近距離無線)などのワイヤレス技術の普及が進み簡単にネットワークにつなげられるようになってきました。また、広域系ワイヤレスネットワークとしてモバイル(3G、LTE、5G)に加え、LoRa、Sigfox、Wi-SUNなどのLPWAも相次いで登場し実用化され始めました。
これらにより、様々なモノが簡単にインターネットにつながる時代が到来しつつあります。
話は変わりますが、「少子高齢化」が大きな社会問題になっています。子供の人口が減り、高齢者がどんどん増えていくということは、労働力が今までより大幅に減少するということです。
少ない労働力で現在のGDPを維持し、同時に高齢の人たちの介助をするためには現在の生産性を大きく向上させる以外にはありません。
いままで人海戦術で行ってきた仕事や作業をIoTによって効率化、省力化し、かつ正確を向上させるために、近代化の進んでいる産業もそうでない産業もすべての産業界が真剣に生産性向上に取り組み始めました。
これからの時代の生産性の向上のためにIoTは必須だということではないでしょうか。
IoTにおけるWi-Fiの役割と802.11ah
IoT時代のなかで今後様々なモノがインターネット、クラウドにつながっていきます。2020年には500億個を超えるデバイスがネットワークに接続されると予想されています。
当たり前すぎて余り議論されませんが、500億のIoTデバイスをネットワークにケーブルで接続することが出来るでしょうか。そんなことしたらオフィスや家の中がケーブルだらけになってしまうでしょう。多くのIoTデバイスは様々なワイヤレスアクセスシステムにより最寄りのアクセスポイントにつながらなければIoTの世界は実現しません。
ワイヤレスアクセスはIoTの実現のためにはなくてはならないものです。スマートフォンも、つながるクルマも、ロボットも、ドローンもワイヤレスアクセスがなければ単なる装置でしかありません。
そして、ワイヤレスアクセスの中核的な役割を担うと期待されているのがWi-Fiなのです。
1 Wi-FiはIoTシステムの中核に
Wi-Fiは、まずノートパソコンに、次にスマートフォンやNAS(ネットワークアクセスサーバー)などの周辺機器、任天堂やSONYのゲーム機などにも広く搭載されるようになりました。2007年のiPhoneの登場以来、スマートフォンにデフォルトでWi-Fiが搭載されたことによりWi-Fiの有用性とそれに伴うWi-Fiコストの劇的な低減により、テレビ、デジタルカメラ、ミュージックプレイヤーなどの様々な情報家電、エアコン、ヘルスケア製品などWi-Fiを搭載した機器の裾野は大きく広がっています。
IDCの調査によると、2.4GHz帯の無線LAN搭載機器の出荷台数は図表-1に示すように2001年に800万に達したと見られています。1999年に相互接続が保証されたチップのIEEE802.11bが販売されてから急激に増えたことが分かります。
図表-1
2020年までのWi-Fi出荷数を図表-2に示します。
図表-2
2017年にはWi-Fiの通信チップ(LSI)の出荷数が36億個に達し、2015年から19年までの5年間の累計出荷数は180億個に達すると予測されています。2021年の出荷数は40億になると予想されます。2020年時点で使われるIoTデバイスが500億個だとすると、その相当部分をWi-Fi搭載機器が占めると見てよいでしょう。
Wi-Fi機器の伸びの要因は製品バリエーションの広がりだけではありません。より重要なのは、すでに家庭や企業に広くWi-Fiのネットワークが導入されており、IoT機器の制御や管理を担うパソコンやスマートフォンがこれらに接続されていることです。もはやIoTネットワークはWi-Fiを抜きにして考えることは困難なのです。
先に書きましたように、生産性の向上、業務の効率化、サービス、商品の品質向上のために全産業でIT化が進んでいきます。工場、倉庫、農業、漁業の分野においてもIoTによって業務の改善が進むと考えられます。
例えば、イチゴやトマトのハウス栽培においてIoTを導入する際のワイヤレスアクセスとしてWi-Fiは重要な役割を担っていくと思います。
誰もが思いついたときに簡単にワイヤレスネットワークを構築することが出来るのはWi-Fiの大きなメリットです。技術的な課題は色々ありますがオーナーが自由に決められるということは大きなポイントだと思います。
IoTの主要なユースケースの1つであるスマートホームも、エアコンやテレビがWi-Fiをサポートしていれば、Wi-Fiをベースにして整備される可能性が高くなります。多くのデータを送出するホームセキュリティ用のIP監視カメラを無線でホームネットワークに収容するには、Wi-Fi以外に選択肢はありません。
もちろん、Wi-FiだけでIoTのニーズを全て満たせる訳ではありません。例えば小型の内蔵電池で長期間稼働させる必要があるセンサーは、現在のWi-Fiでは対応が難しい分野です、この領域では、BluetoothやZigBee、Z-Waveなどさまざまな技術が覇を競っていますが、これらは多くの場合Wi-Fiと組み合わせて使われることになるでしょう。
家や企業に設置されるIoTデバイスは基本的には、Wi-Fiで接続することになると考えられます。
2 802.11ahとは
Wi-Fiの進化の方向性は802.11ac、ax、adの高速・大容量化だけではありません。これと異なる方向への進化を目指しているのが、IoT向けの新しい無線LAN規格「IEEE802.11ah(以下、802.11ah)」です。Wi-Fi Allianceでは、802.11ahに「Wi-Fi HaLow(ヘイロー)」という愛称を付けてプロモーションを行っています。
802.11ahは、サブGHz帯と呼ばれる800/900MHz近辺のアンライセンスバンド(日本では920MHz帯)を利用しています。Wi-Fiは便利だけど電波の飛ぶ距離がせいぜい100メートルでもう少し遠くまで電波が飛んでほしいという要望が強くあります。
サブGHz帯はWi-Fiで使われている2.4/5GHz帯に比べて、電波が回り込みやすく遠くまで届く特性があり、これを活かして半径1km程度をカバーできる広域無線LANシステムの実現が可能です。
反面、920MHz帯では利用できる帯域が802.11acに比べると狭いために、通信速度は802.11acに比べると低く抑えられていますが数Mbpsの伝送は可能です。
センサーネットワークなどでの利用を想定して、1つのアクセスポイントに接続できるデバイスの数を現在の1024から8192に拡大し、内蔵電池で数年間稼働できる高い省電力性も有しています。最近話題になっているSigfoxやLoRaなどのLPWA(Low Power Wide Area:小電力広域無線)と呼ばれるIoT向けの無線システムと同様の伝送距離を実現しながら他のLPWAでは難しい動画伝送も可能なWi-Fiの新しい規格なのです。
図表-3に、IEEE802.11ac/ad/ahの3規格の特性を示します。
図表-3
802.11acは周波数を効率的に利用するMIMO(multiple-input and multiple-output)などの技術を用いて7Gbps近い超高速通信を実現しており、ある程度の長距離通信も可能です。他方、IEEE802.11adは60GHz帯の広い周波数帯域を利用してシンプルな技術でIEEE802.11acと同等の超高速通信を実現していますが、通信距離は短くなります。
これらと対照的なのが802.11ahで、逆に通信速度は遅いのですが、遠くまでデータを送ることができ、省電力性にも優れています。これらの新規格の普及によりWi-Fiの活用領域は大きく広がり、新たな市場が生み出されることになるでしょう。
企業、家庭、さらにパブリックに設置されるWi-Fiのアクセスポイントはac、ad、ax、ahのモジュールが搭載されたマルチモードのアクセスポイントになり、様々な通信需要に対応する時代が間もなくやってきます。
3 802.11ahと他システムとの比較と優位性
802.11ahには、LoRaやSigfoxにはない特長があり、それを以下、説明します。
(1)Wi-Fiファミリーで既にワールドワイドのデファクト規格であり、Wi-Fi Allianceにより「相互接続」「認証」「セキュリティ」を担保されているため安心して使うことが出来ます
(2)オフィスや家庭で使っているLANと同じIP通信モデルを採用しているためインフラ(光ファイバ等)がそのまま使える。既存のシステムとの接続のために新たなサーバーなどのインフラが不要でWi-Fiライクで簡単にネットワークを構築することが出来る。TCP-IPを理解していれば、Wi-Fiと同じ仕組みで開発、運用することが出来ます
(3)仕様は既にIEEEの802.11ahグループでオープンに定められているためネットワーク構築や運用に当たって制限なく使うことが出来ます
(4)他のLPWAシステムに比べると数メガ程度のデータ伝送が可能であり、LoRaやSigfoxでは難しい画像伝送が可能であり、多様なユースケースに対応可能です。百聞は一見に如かずと言います。大量のセンサーデータも重要ですが画像一枚で現場の状況を瞬時に把握することが可能になります
(5)最後に、使用する電波は、「アンライセンス」で免許を取得することなく誰でも使うことが出来ます。また、Wi-Fi規格のため、商用化されれば端末、アクセスポイントを今のWi-Fiのように街の量販店で買って、自由に家や会社や農場等にプライベートIoTネットワークを構築することが可能です。
802.11ahは以上のような特徴を持った新しいWi-Fiのシステムで、これから本格化するIoTのワイヤレスシステムとして重要な役割を果たすと期待されています。
しかし、残念ながら、802.11ahを920MHz帯で日本で使うには既に商用化されているLoRaやSigfoxやWi-SUN等との共存条件を明確化し、規則化しなければなりません。
日本での920MHz帯で802.11ahを使用可能にし、802.11ahの普及拡大を目指す「802.11ah推進協議会(AHPC)」が2018年11月に設立されました。
これから3回にわたって、802.11ahについて、システム、周波数、技術的特徴、ユースケース、今後の商用化について説明したいと思います。
第2回 802.11ahのシステム概要と特徴
第3回 802.11ahのビジネスモデルと具体的なユースケース
第4回 802.11ahと他システムとの共存及び今後の展開
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