ビジネス情報
コロナ禍で感じる、ビジネススタイルの変化とワイヤレスの未来
一般社団法人 無線LANビジネス推進連絡会顧問 小林忠男
今回の新型コロナウィルスによる外出自粛とそれに続く緊急事態宣言を契機に私たちの生活スタイルは大きく変わりつつあります。私はあと一カ月で71歳になりますが、生活が一瞬にかつ何カ月も継続的に大きく変わってしまったことはこれまで一度もありませんでした。
以前から、通勤地獄を解消し、世界的にみても低い日本の生産性を向上するにはテレワークの導入が必須であり、それによりWi-Fiと光の導入がさらに進み、私の長年の夢であった家庭とオフィスのワイヤレス化が実現するということはずっと考えていました。
また、世界の待ったなしの課題である、少子高齢化、人口減少、地球温暖化などへの対策の議論についても、場所に依存しないリモートワークは有効だと考えていました。
コロナ禍のなか、Wi-Biz活動に携わる一員として最大の驚きは、テレワーク・リモートワーク、遠隔授業のあっという間の普及拡大でした。
そして、これを機会に、一刻も早く手を打たないと将来取り返しのつかない危機に陥ると考えられている課題、少子高齢化、人口減少、地球温暖化、格差拡大などの解決に向けて、私たちは大きく変わらなければならないという機運が一気に高まってきていると考えています。
Wi-Fiの浸透がテレワークを支えている
私はWi-Fiのビジネスに20年以上携わっていますが、この間にWi-Fiは私の期待以上に日本の何処でも使えるようになりました。
この20年の間のWi-Fiの普及拡大がなかったら、このコロナ禍でのテレワークや遠隔授業の迅速な普及拡大はなかったと思います。
5Gの話題が先行し、テレワークや遠隔授業実現ための5Gへの期待が多く語られていますが、自宅でテレワークのために使っているパソコンやタブレットやスマートフォンのほとんどは、光の先のWi-Fiのアクセスポイント、またはモバイルルーターにWi-Fiでつながっているのが現実です。
一方で、家庭や学校に光がなくインターネット環境を使うことが出来ないために遠隔授業が出来ない学校も多くあるのが実態です。
読売新聞によると「政府は2020年度第1次補正予算で、全ての小中学校に学習用端末を1台ずつ配備する費用として計2292億円を盛り込んだ。ネット環境のない家庭に自治体が貸与するモバイルルーター購入費(147億円)も含む。これをうけ端末やルーターは品薄状態で納入時期も見えない」とのことです。
10年前にモバイルルーターの開発・販売に二度と味わいたくないほどの苦労をした記憶がある自分にとって、そのモバイルルーターがコロナ禍で役に立つのはとてもうれしい気がします。
オフィスが必要かという議論について
Wi-Fiがなければテレワークは不可能とWi-Fiの重要性を書きましたが、「ポストコロナではオフィス不要か必要か」という記事を見かけるようになりました。これからは在宅勤務主体になるので賃料の高い都心にオフィスは不要なのではないか、という議論です。
日経新聞に、「コロナ後にオフィスは必要? 割れるシリコンバレー」と題する記事が掲載されていました。
「アフターコロナ」も見据えた働き方をめぐって、米シリコンバレー企業の判断が割れている。ツイッターが世界の全従業員に無期限で在宅勤務を認める一方、アップルは段階的にオフィス勤務に戻す方針だ。様々な専門性を持つ従業員が部門を超えて交わるオフィスは各社の創造性の源泉にもなってきた。生産性を最大化するための最適解はまだみえない」とのことです。日本の大企業のいくつかも、テレワークを継続する意向を示しています」
また、Wi-Fiビジネスに長く携わっているエンジニアが顧客から、「在宅勤務が恒久化するから今後はオフィスの縮小や分散化、または完全にオフィスをなくすことを考えている。オフィスに人がいないのだからWi-Fiは必要か、ケータイ網で十分ではないか。必要であってもWi-Fi-6である必要はないのでは」と言われたそうです。
私も今回WebexやZoomを初めて使い、品質の高さと便利さにビックリしました。これまでの片道一時間以上の満員電車に乗る必要はなくなり、机の前に座れば大阪やアメリカにいる人とも会議が出来る。会議室への移動時間は私だけでなく参加者全員が不要になります。大きな時間の削減です。
ただ、自分が考えていた以上に素晴らしいリモート環境を体験して、これは結構使えるというわけで使っているわけですが、テレワークは今までとは違う一つの勤務形態であり、どの様に働くかの手段の一つだと思います。言うまでもなく、目的はリモートワークにより夜遅くまで残業しなくとも生産性が向上し、これまで以上にユニークな成果を上げることです。
この数カ月、世界中でこれまでに比較にならない多くの人たちがリモートワークを行い、多くの企業は継続してリモートワークを進めて行くようですが、リモートワークと効果の検証はこれから行われるわけです。
私は対面のコミュニケーションによりお客様や先輩から多くのことを学んできました。この四月に入社した新入社員をはじめ、ポストコロナ時代の中核になる若い人たちの育成をどうするかの大きな課題があります。
もっとも基本的なこととして、社員一人一人が、毎週毎月の明確な仕事の分担と目標を設定し、チームの仲間と上司とその進捗をきめ細かく確認し管理しながら業務が遂行されているでしょうか。
私は誰よりも今の世の中を変えなければと強く考えている人間だと自覚していますし、そのように仕事をしてきたつもりです。従って、リモートワークを否定的に考えているのではありません。むしろ、これを機会に働く人たちの生活の質を上げながら新しい時代に対応できる大きな変革を成し遂げねばなりません。
しかしながら、コロナが収まったら大手町、丸の内、有楽町の「大丸有」と呼ばれるオフィス街や六本木のオフィス街から働く人は消え、オフィスにWi-Fiが要らないなんてことにはならないと思います。
これまでのオフィスと家の両方がバランスよく仕事の場になると思います。今のオフィスが極端に縮小されたとしても、新たなスタートアップの人たちが職住接近の環境を作って「大丸有」で新たな仕事と日常生活を始めるのではないでしょうか。そこにWi-Fiは必須です。
新型コロナウィルスによって在宅勤務が基本になったからと言って、都心のオフィスと人の集うところがなくなってしまうというのは、コスト削減だけを考える少し早計な議論だと思います。
新たな動きが起きると、極端に振れた考えがいつの世にも出てくるみたいです。
通信サービスにおける補完と代替
オフィスが不要か必要か議論と少し視点は違いますが、10年ほど前にWiMAXのサービスが始まりました。WiMAXはIEEE802.11が標準化されたWi-Fiの進化版にあたるので、WiMAXが始まると2.4GHzや5GHzのWi-Fiはなくなってしまうのではないか、と多くの人に心配してもらいました。世界中のキャリアや企業がWiMAX、WiMAXと今の5Gのように大騒ぎしましたが、現在、世界中にオリジナルのWiMAXをサービスしているキャリアはありません。
WiMAXは従来のWi-Fiの進化版でしたが、自律分散制御をベースにしたWi-Fiとはビジネスモデルが違い、集中制御によるキャリア型のビジネスモデルでした。
また、5Gは超高速だという記事が出ると、固定通信事業者の方から、「もう光は要らなくなるのですか」と度々聞かれたことがありますが、5G時代になればなるほど基地局までの有線の高速回線が必要になるため光はなくなることは決してありません。
前のメルマガ(Wi-Biz通信Vol.46、2019/8/15)にも書きましたが、様々なサービスにおいて補完と代替の関係というものは重要なポイントだと思います。
PHS(パーソナルハンディホンシステム)とWi-Fiと5Gの周波数割当、制御方式、サービス形態を図表-1にまとめました。
図表-1
PHSは、①家庭では固定公衆網に接続し通常のコードレス電話として、②オフィスでは固定デジタル網に接続して事業所コードレスとして、③屋外などのパブリックエリアではデジタル公衆網に接続したPHS事業者の公衆用基地局につながるPHS端末として、さらに④2端末間ではトランシーバとして利用可能でした。
家庭やオフィスの自営用PHSは周波数共用で、PHS事業者が使う制御用の周波数は事業者占有ですが、通信チャネルの周波数は共用になっています。そのために、制御方式は自律分散制御を採用しています。
周波数割当がキャリア毎に固定ではなく、ユーザー数によって通信チャネルを柔軟に使えることが出来、公衆用の周波数が足りない場合には自営用の周波数を公衆用に使えるようになっていました。
PHSサービスは数年後になくなってしまいますが、一台の端末が家でもオフィスでも公衆エリアでシームレスに使うことが出来、周波数割当も柔軟性があり、家とオフィスの基地局は受益者負担、公衆エリアはキャリアが設備投資を行うキャリア型のビジネスモデルでサービスを提供するという、現在でも先進的なシステムだと思います。
他方、Wi-Fiは図表-1の通りで、Wi-Fi端末はシームレスに家でもオフィスでもパブリックスポットでもアクセスポイントにつながります。
少しばかりの操作は必要ですが、SIMカードも契約も不要でスマートフォンを持っている人が世界中のアクセスポイントにつなぐことが可能です。このことはあまり取り上げられませんが、Wi-Fiだけが持つ他のワイヤレスシステムにはないユニークな特長だと思います。
5Gも図表-1に示す通りで、周波数を特定の事業者が占有し、周波数を効率的かつセキュアに使用するために集中制御方式を採用しています。
このように、PHS、Wi-Fiと5Gを比べるとそれぞれビジネスのタイプが異なるわけです。
また、ローカル5Gの登場は、5Gにさらに多様性を加えるということで大変意味のあることだと思います。
色々な企業、キャリア、自治体等がローカル5Gの免許申請をしています。このことは、ワイヤレスビジネスに大きなビジネスチャンスがあるとともに、全てをキャリアに依存することなく、自分たちの目的にあったプライベートなワイヤレスネットワークを構築したいという要望だと思います。
ローカル5GがWi-Fiのような社会のワイヤレスインフラになるために、制限の緩い誰もが使い易いシステムであるとともに、基地局はキャリアグレードではなくWi-Fi並に廉価でありこと、また端末はスマートフォンのように「All in One」の高級なタイプではないので、これも廉価な色々なタイプのものが出てきて欲しいと思います。
ワイヤレスの全体最適を考える
先日のWi-Biz定例総会でのMM総研 代表取締役所長 関口和一氏による特別講演「ポストコロナ時代のワイヤレス革命」はコロナ禍の社会の変化と今後のワイヤレスの役割について大変示唆に富んだ講演で大変勉強になりました。
関口氏が最後に「ワイヤレスが社会インフラになる」とお話になりました。
現在私たちが享受している様々な利便性に加えて、テレワークの拡大、感染経路、感染者の把握、IoT時代の到来、自動運転車の実用化等々、ますますワイヤレスへの期待は高まり重要な役割を果たすことになります。
このことは今まで以上に大きなビジネスチャンスがあるということになります。
ただ、繰り返しお話ししている通り、電波を使えば何でもできるわけではありません。条件が満足されないと希望する機能は実現しません。
条件付きの可能性をどのように具体的なビジネスにするかが問題です。
PHS、Wi-Fiと5Gを比べるとビジネスのタイプが異なることを述べましたが、ローカル5GとWi-Fi6も同様です。さらに、IoT向けのLPWAではさらにサービスは多様化します。11ahの実用化を推進しているのは、ユーザーのニーズに即した機能こそポイントだということがあるからです。
電波を使えば何でもインターネットにつながると単純に期待している人たちと、個別のワイヤレスシステムにとらわれて全体最適を考えない人たちが多すぎるかも知れません。
それぞれのワイヤレスシステムは万能ではなく、出来ることと出来ないことがあります。ユニークなシステムが全てを実現することは出来ません。
しかし、条件付きワイヤレスシステムがいくつか集まれば、お客様にとっては条件のつかない何でもできるワイヤレスシステムにすることが出来ると思います。
多様なワイヤレスシステムによる個別最適から全体最適へ進むことが、これからの時代を進めていく一つの鍵ではないかと思います。
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