Wi-Biz定例総会 特別講演 (下)
ポストコロナ時代のワイヤレス革命
株式会社 MM総研 代表取締役所長 関口和一氏
5Gで何がどう変わるのか
3Gでは2時間の動画のダウンロードに26時間掛かっておりました。4Gですとだいたい6分。それが5Gで10Gbpsになりますと、3.6秒。これは劇的な違いです。Wi-Fi 6も最大9.6Gbpsですから、5Gに近い数字が出てくるので、同じような使い方が可能になってくると思います。その使い方ですが、中国の電気自動車ベンチャーのバイトンの例を紹介します。テスラと同じように電気で動き、なおかつ自動運転の車ですが、幅が1メートル25センチもあるどでかい液晶画面がフロントパネルのところにあります。「これは動く書斎であり、動く映画館なんだ」というわけですが、5G経由でいろいろな書類を引き出してきて、ビデオ会議やオンラインの情報交換ツールを使えば、この中で仕事ができてしまう。5Gを使って、映像を落としてくれば出先でも車を止めて映画館の代わりにエンターテインメントを楽しむことができる。21世紀を見据えた車、こんなものを5G対応として出してきています。すでに6万台を超す予約注文が入っているそうです。
それから、5GについてはCPE/中継装置、これも極めて重要なポジションを担ってくるのではないかと考えられます。4Gまでは下り回線を太くというのがブロードバンドの流れだった。5Gになりますと、上りでも100Mbpsを超すような相当速いスピードが得られるようになる。4Kとか、HDの映像を上り回線で送ることができるようになってきます。ノキアの5G用のCPEをテレビ局のカメラマンが背中のバックパックに入れて、それで撮影会場に行くそうです。今まではスポーツの放映や劇場の中継などには大型の専用中継車が必要でした。今度はカメラマンの背中のCPE経由でHDあるいは4Kクオリティの映像をテレビ局まで直接送れてしまうわけです。まさに5Gで放送ビジネスは劇的に変わるだろうと言われています。
5Gは周知のように、超高速、超低遅延、多数同時接続が特徴です。同時に全て満たされるわけではありませんが、それぞれの特徴を生かしたいろいろなアプリケーションが考えられております。先行している中国の華為技術(ファーウェイ)は、例えば無錫市で遠隔手術を5Gでやる実証実験を進めています。人間の手の作業を5Gの回線を使って先方に届け、人間の手先と同じことを機械が再現して手術をやるシステムです。遠隔操作、遠隔操縦に5Gが使われようとしているわけです。
もちろん、日本でも、総務省をはじめ、5Gの普及に力を入れていることは、皆さん、ご承知の通りです。特に場所を限定して使うローカル5Gや、Wi-Fi 6にも関心が集まっています。スピードにおいては両方ともかなり速いスピードが得られるからです。遅延についてはWi-Fiのほうが遅いので、遠隔操縦は難しいかもしれませんが、例えばオフィスのフロアとかカフェとか、特に企業のビジネスユースのところでは、人間が使う回線としてはWi-Fi6は十分に高速大容量の威力を発揮できると考えられます。
技術革新のスピードは速い
シンギュラリティが近いということは、ご存じだと思います。2045年に人間の頭脳をコンピュータが上回るのではないか、それを言ったのはアメリカの未来学者、レイ・カーツワイルさんです。彼は何でそういうことを言ったかというと、コンピュータの能力を対数グラフにして過去からプロットすると、だいたい一直線上に並ぶそうです。それを延長していきますと、だいたい2045年で人間の頭脳を上回るというのが彼の予測の論拠になっています。彼はゲノムの解析についても、解析時期をぴたりと予測したということで注目されたわけです。
情報通信分野のテクノロジーというものは、途中まではそんなに大きな変化じゃなくても、ある日、急に加速度が増していって、あれよあれよといううちに技術が前に進むという特徴を持ち合わせています。すなわち「エクスポネンシャル(指数関数的)」に技術が進化していくというのが、ICTの世界の特徴です。自動運転車を皆さんが初めて見たのは、おそらく2012年ではないでしょうか。アメリカのグーグルが公道で自動運転車「ウェイモ」の実験をやったのが最初で、それが報道を通じて日本にも流れてきたので、皆さんもご覧になったのではないかと思います。でも、2012年ですから「自動運転?まあ、実用化は20年先だろうね」とみんな思っていたと思うんです。ところが、わずか4年後の2016年にはドイツのアウディが、レベル3の車を量産ベースで出してきた。そういうエクスポネンシャルな技術の進化があるんですね。
ところが、人間の意識、法制度、規制、こういったものは一朝一夕には変わらないわけです。ここでミスマッチが起きてくるんです。ドローンについても、日本でお目見えしたのは官邸の屋上に微量の放射線物質を積んで落ちていたのが最初です。それでドローンは危ないということで、議員立法でまたたく間に航空法が改正されて、ドローンに規制が掛かっちゃったわけです。ところが、あのときと今のドローンでは全く性能が違います。先走って技術に対して規制を掛けることが大変危険であるということが、読み取れるのではないかと思います。
ムーアの法則、すなわち半導体のパワーの進化を表す法則は有名ですけれども、ICTの世界は半導体だけで構成されているわけではありません。ほかにネットワークと、ストレージと、おおよそ3つの構成要素から成り立っています。それぞれがムーアの法則と同じように、だいたい1年ないし1年半でパワーが倍になっている。ですから、端的にいえば1年ないし1年半で、2×2×2で8倍ぐらいリソースが高まっていっている。それが毎年継続していっているというのがICTの世界なんです。このことを我々は見誤ってはいけないのではないかと思います。
オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授は、今後、AIやロボットが進化すると、人間がやっているいろいろな仕事がコンピュータに置き換わるのではないかと指摘しています。さらに、その置き換わる率が一番高いのは日本だというわけです。
先ほど申し上げましたように、日本はFAXで情報を送って、それをまた人間がパソコンで打ち直したりとか、どうでもいい仕事を人間がやらされているわけです。そういったものを機械に代替させるという意味では、一番伸びしろがあるというのが日本なんです。だから、デジタル化が遅れているという意味では日本は問題なんですけど、逆にいうと伸びしろが大きい分、改善できる部分が多いというわけです。見方を変えれば、ワイヤレス、AI、5G、こういった技術を活用することによって日本は飛躍的に今の状態を変えられる、そういうチャンスがあるといえます。
どういう仕事がなくなるかということでオズボーンさんが挙げているのが、この一覧です。ほとんどの仕事が入っていますが、これが全てなくなるとは私も簡単には納得しがたいわけで、たぶんやり方が変わるんじゃないかと思います。どう変わるかといえば、例えばお医者さんでいえば、患者さんに当たるのは人間ですから、医師の仕事はなくならないと思います。そこで得た情報をコンピュータに上げて、コンピュータと相談して所見というか診察をする。それで、またそれを治療行為として患者さんに戻してあげる。こういう機械と人間との分業あるいは協業、こういう体制を今後はつくっていく必要があるのではないかと考えられます。
日本の企業には財務担当、労務担当、人事担当はいるんですけど、ナレッジ担当というのは、あまりいないわけです。最近ではChief Digital Officerとか、ようやく出てきましたけれども。要するに今までは会社の情報リソース、あるいは成功体験、ベストプラクティス、知見、こういったものが人間の中に蓄積されてきました。だから、人間を管理するというのは当然のことだったんです。しかし、今後、それらがコンピュータやクラウドに蓄積されるようになれば、人間を管理することも大事ですけれども、もっと大事なものは知見そのもの、ナレッジを管理していく仕組みづくりをやっていく必要があるのではないかと思うわけです。ナレッジを活用できるように社員の情報リテラシーの引き上げもやっていく必要があります。
さらに言えば、ナレッジは企業として戦うための情報資産ですから、どういう資産が会社の中にあるのかということを、きちんと洗い出しをして、評価して、さらにそれをみんなが閲覧できるような形にして、誰もが使えるようにすることが大事です。しかも、オンサイトで使えなければ意味がありませんので、そのためのワイヤレス環境、つまりナレッジを時間と場所に関係なく使えるようにする。これが日本の企業あるいは社会に求められていることではないかと思います。
ようやく日本の政府もそれに気が付いて、2016年度からの第5期科学技術基本計画で「ロボットやAIをきちんとやりましょう」と言いだしました。本当はこの前の2011年度の第4期基本計画で言うべきだったんですが、そのときは誰もあまり言わなかった。日本はかつてAIをいろいろやって失敗した経験があって、タブーになっていたという面もあったのかもしれません。
2016年はどういうタイミングだったのでしょうか。アメリカでは第1次のドットコム・ブーム、すなわちITバブルが2000年4月のアマゾン株の暴落ではじけたあと、2004年にグーグルが上場してもう1回インターネットへの再評価がなされ、Web 2.0革命が起きました。それが4年後の2008年にリーマン・ショックでまた弾けたわけですが、このときは救世主が現れました。アップルのiPhone 3GでありAndroidです。テスラの電気自動車が生まれたのも2008年です。ここから、モバイル、IoT、AI、ビッグデータによるデジタル変革が猛然と始まったんです。ところが、日本はこの間、東日本大震災があったり、政権運営が右往左往して、結果的に何もやってこなくて、ようやく2016年度の第5期科学技術基本計画でデジタル戦略が出てきた。諸外国ではすでにデジタル変革が盛り上がった後に、一周遅れで日本はそこに着いたんです。もちろんやらないよりは、やったほうがいいわけですが。
これを受けて総務省もワイヤレスの世界を何とかしなきゃいけないということで電波有効利用成長戦略懇談会が2017年の11月から開かれました。2018年の8月にレポートをまとめています。その後、フォローアップもあったので、今年の3月まで懇談会はありました。私も日経時代から引き続き、この会議に参画しておりました。ここで総務省を中心に外部識者と一緒に2030年までのワイヤレス戦略のロードマップを作りました。これはいわば「ポストコロナ時代のワイヤレス戦略」と思っていいと思います。言ってみれば2030年代に起きるであろうと描いた世界が今、2020年代にコロナのおかげで目の前にやってきたわけです。
そこで言っていることは何かというと4つのメガトレンドです。ユーザーパワーが拡大する、技術がもっと社会に受け入れられる、産業は今までのアナログ産業がデジタル技術で激変していく、それから立地というものもリモートでいろいろなことができるようになると今までとは違った見方がなされていく。これが大きく見たときの4つのトレンドだというわけです。
そうしたトレンドに基づきデジタル変革を促すために何が必要かということで挙げたのが、次の3つの戦略です。1つは新しい技術をつくっていこうじゃないか。そのためには周波数をダイナミックに割り当てたり、あるいは共用化を推進したりする。それから、ワイヤレス技術を使うための市場環境を整備する必要がある。そして、ワイヤレス戦略をやっていくためには、それを担う人材も必要だ。以上3つを大きな柱としてワイヤレス技術が社会インフラとなるということを総務省は大きくうたって掲げたわけです。その後、この戦略が十分に進んでいるとはいえないんですけれども、コロナが一段落すれば、今後、進んでくると思います。
新しい技術を前に進める
ここに赤い旗を持った人がいますが、何でしょうか。これは、1865年にイギリスでつくられた法律に基づく当時の様子です。まさに産業革命の真っただ中、イギリスは蒸気機関を工場や列車、船、さまざまなところに使って一大生産革命を成し遂げて産業革命を起こし、世界の経済の中枢を握ったわけです。次は、電気と石油の革命で、アメリカにいくわけです。
この車は一見すると馬車に見えますが、これは蒸気自動車なんですね。当然のことながら、英国は蒸気機関を馬車にも応用しました。ところが、蒸気自動車の登場を憎々しく思う勢力がいました。1つは馬車業界。今でいうとUberに対抗するタクシー業界みたいなものですかね。それから農業者。蒸気自動車は煤煙を飛び散らかすので、農作物に悪い影響を与える、あるいは燃えかすが飛んで火事が起きるということで、馬車業界や農業者が英国議会に働き掛けてつくったのが赤旗法という法律なんです。何を定めたかというと、蒸気自動車の前を人間が赤い旗を持って「危ない車が来ますから気を付けてください」と言わないと蒸気自動車は走っちゃいけませんよというルールでした。
さすがに評判が悪かったので、だんだん緩和されるんですが、英国では何と30年間もこの法律が続いたんです。その間、海外では何が起きたか。ドイツではガソリン車という新しい自動車を発明してあっという間に自動車産業の世界の中心になっていったのです。先ほどドローンの例も申し上げましたけれども、規制を余計に掛けるのではなくて、新しい技術が前に進むような、そういう形に政府はぜひともやっていただきたい。また、民間も単純に「国が決めたことだから」というふうに従うのではなくて、「こうやったらいいんじゃないでしょうか」という声を上げて、政府に働き掛けて、この国のワイヤレス化が前に進むような、そういう環境にしていただければと思います。以上、私からのお話とさせていただきます。長時間ご清聴ありがとうございました。
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