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Wi-Fi活用 現地訪問
岩手県一戸町
災害対策に始まったWi-Fiの積極活用
地域課題の解決にさらにICTを推進

 

岩手県一戸町は、人口約1万2000人、森林率73%、高齢化率37.4%の東北地方の町だが、地域課題の解決に向けてICT活用を進め、無線LAN環境の整備と活用に積極的な自治体として知られる。

近年の自然災害の激甚化・広域化のなかで住民への効率的な情報伝達に重要であるとともに、住民のみならず職員の不安・負担解消のため避難所での情報提供インフラ確保が重要との判断により、町内にネットワークを巡らせてきた。この間の公衆無線LAN環境整備支援事業の活用の取り組みについて、総務部まちづくり課の来田忍主査と平幸祐主任に訊ねた。

 

来田主査(右)、平主任(左)

災害対策、観光、国体に備える

――積極的にWi-Fi化を進めICT活用を推進されていますが、その背景といいますか、きっかけはどういうところだったのでしょうか。

來田 発端は、平成22年12月31日から翌平成23年1月1日にかけての豪雪です。この地方で大雪があり、当時、整備中だった町内を巡らす光ケーブルが複数個所で断線してしまいました。住民の安否確認も、避難情報も出すことができなくて、大変苦労しました。

このような断線のリスクが光ケーブルにあると分かり、無線によるネットワークの二重化を推進していこうと、BWA(4.9GHz)の導入を決めました。幸い、総務省の補助金等でもWi-Fi整備の予算補助があり実現に向かいました。

 

――それは貴重な経験でしたね。

來田 さらに、その年、平成23年3月は東日本大震災でした。

 

――同じ年だったのですね。

來田 そうです。一戸町は震度5強で、電話は使えませんでした。幸い一戸町の光ケーブルの被害はありませんでしたが、岩手県内では津波被害で局舎が被災したエリアは山間部でも通信ができない状態となりました。

この経験から、Wi-Fiを使って避難所を運営し連絡が取れるようにしよう、ということになりました。補助の対象は「防災」でしたので、まず防災で避難所にWi-Fiを整備していきました。

 

――震災の平成23年から町のWi-Fi化が本格的に進んでいったわけですね。

來田 平成25年補正予算の補助事業を交付頂き、事業自体は平成26年度に実施となり、光ルートの二重化が実現しました。

 

――平成26年度にWi-Fiの整備は完成をみたわけですね。

來田 そうですね、避難所については整備できました。実際には、災害対策という面と、もう一つは観光面での対応というのも大きな要素だったのです。

一戸町には、文化財として、「御所野遺跡」がございます。ユネスコの「世界文化遺産登録」を目指していて「北海道・北東北の縄文遺跡群」に含まれています。縄文時代中期の集落のあとで、遺跡そのものと周りの自然が現在まで残されています。貴重な遺跡を観るために、今後、観光客が増えることを想定し、Wi-Fiを整備したいと考えていました。

また、平成28年には岩手国体が予定され、その会場の一つとして一戸町体育館が選ばれていたということもあり、当時、観光客の増加を想定し、Wi-Fiは必須との思いがありました。

 

「御所野縄文公園」の入り口

――すると、平成26年度に進められたWi-Fiの整備は、観光や国体を睨んだものでもあったわけですね。

來田 そうです。平成26年度補正の補助事業にて、平成27年度に観光の部分に関しても整備することができました。国体の会場になった体育館も避難所に指定されていたため、Wi-Fiを整備することで国体の開催中でも利用できると考えました。スマートフォンが普及した今の時代、Wi-Fiが絶対に必要だと思っていました。外国人、旅行客、当町に訪れる学生さんたち、国体で訪れる人たちも、今はWi-Fiがないと大変だという話で、防災と観光の両面から整備したわけです。

 

――これで、町の基幹通信をなす光ケーブルとWi-Fiの連携でネットワークは完備できましたね。

來田 光ケーブルは平成22年度の総務省の補助金で一時避難所や収容避難所など避難所に敷設し、平成23年度には完成していました。当時はテレビ電話のような端末をつなぎ役場や消防署などの通信に利用していました。しかし、スマートフォンの普及により利便性を考慮するとWi-Fiが利用できるエリアを増やすことが重要と考え設置場所を増やしてきました。

避難所は32カ所です。各学校、役場、公民館、地域の集会所、自治公民館などと一時避難所と収容避難所です。

国体の時も、多くのお客様に来ていただき、Wi-Fiの利用ログを見るとたくさんの方に使って頂けていることがわかりました。また、国体に来て頂いた方が他の観光施設にも訪問されていることがWi-Fiの利用ログから見てとれました。

避難所に関しても、幸いなことに災害が少なく利用された実績数は多くありませんが、平成28年度の台風10号の時には避難所で「00000JAPAN」を活用していただいたというログが残っており避難所のWi-Fi利用の実績を見ることができて良かったと思います。

 

――Wi-Fiの整備まで、5年掛かり6年掛かりで一区切りがつくところまではいったということですね。現段階の状況については、どういう評価というか、手応えなのでしょうか。

來田 主要な観光地や学校、避難所という、地域にある程度近いところでWi-Fiを整備したことで、例えばお盆やお正月に帰省した方が、実家にはインターネットの環境が整っていなくても、近くのWi-Fiが整備されたエリアまで行って便利にWi-Fiを使ったという声を聞くと、一つの手応えを感じることができます。

 

学校のICT活用にも対応

――普段の生活のなかでも、役立つわけですね。

平 その頃から、課題として出てきていたのは、学校でのICTの利活用です。学校の教室内に、Wi-Fiの設置を進めたかったのですが、総務省の補助の対象外となっており、避難所に指定されている体育館だけに設置していました。学校におけるICT利活用の実現についてはずっと悩んできました。

 

――今、学校の整備は何カ所ですか。

平 小学校5校に中学校2校で、学校は全部で7カ所になります。平成30年度の時点で、避難所で使う用途をメインに、ホール、廊下、特別教室そして普通教室にもある程度Wi-Fiの電波が届くように工夫しながら整備を進めてきました。

学校は、今、急激にICT化が進んでいます。今年から小学校学習指導要領の改訂でICT機器をさらに使うようになっています。この時代の流れにしっかりと乗れるようWi-Fiを整備したことで、「使えない!」という声はほとんど聞かれない状況まできたことは、とても良かったと思います。

子供たちは今、タブレットを授業で使うなど、ICT機器を使って色々なことをやっています。

私たちもプログラミング教室などを多くの事業者さんと開催しており、そういった時、会場でWi-Fiが活躍しています。先日、Pepperの体験会を開催しましたが、特別に回線を用意しなくてもすぐに使えるというところは素晴らしいと思います。

 

――よくデジタルデバイドなどといわれますけど、子供たちがタブレットを使って、インターネット文化について、ちゃんと対応できる環境を整えたという点では非常に誇らしい話ですね。

來田 そうですね。一戸駅についても、国の考えでは交通事業者、一戸駅でいうとIGRいわて銀河鉄道が整備するべきだということになりますが、駅という町の玄関口で使えるということは重要ですから、そこも町で県の補助金を使ってWi-Fiを整備しました。高校生が電車待ちの時間などでスマートフォンを使っている姿を見ると、役に立ってよかった、と思います。

 

シルバーの方の活用も推進

――町の施設だけではなく、今の若者に対して、インターネット文化というか、Wi-Fiを不自由なく使ってもらえるという環境を提供しているということは大きいですね。

來田 年配の方々についてもタブレット教室などを開催しICT利用促進を進めています。家にインターネット回線がなくても、図書館や公民館に行けばWi-Fiによる高速インターネットが利用できるので、若い人だけではなく年配の方にもWi-Fiの整備は有効だったと考えています。

 

「御所野縄文博物館」内に設置したアンテナ (美観を考慮し茶色に塗装)

――シルバーというか高齢の方もタブレットを自由に使ってもらえる、馴染んでもらうということができているわけですね。ここまで来るのに、ご苦労されたことはありますか。

來田 当初は財源の問題で反対意見もありましたが、補正予算になったことで賛成意見が多くなりました。また、前町長の頃から、町主体でICT化の促進を積極的に進めており、現町長も同じくICT化について積極的で理解があるためICT化が滞りなく進められています。

議会も当初は、ICTは聞き慣れない言葉だったため、積極的な議論にはなりませんでしたが、国体で体育館を利用するとか、外国人観光客の方が来るという話の中で、Wi-Fiの整備について賛同していただきました。

今後の課題としてはランニングコストの部分にあると思っています。また、年間保守費用も掛かります。現在、一時避難所までくまなくWi-Fiを整備しておりますが、この5年間の実績を見ると、収容避難所という、ある程度長い期間、滞在できるような避難所、大きい公民館などでの実績しかありませんでした。(災害がなかったという点ではすごく良いことですが)コスト的に一時避難所までWi-Fi環境を維持することが適切かどうかは、これからの検討課題と考えています。

 

――住民の皆さんの評価、要望の声などはいかがでしょうか。

平 議会では、議員の方の中でもWi-Fiを利用している方がいるので、徐々にタブレットを使ったICT化された議会を進めていこうという気運が高まってきています。

住民の皆さんのニーズに戻ると、Wi-Fiというよりは、まずは光回線でした。住宅用光回線が欲しいという要望が多く、コロナ交付金を使って回線整備への補助で解決しようと予算をこの前、可決いただいたので、補助の手続きを進めるところです。これを実施することで町内は全戸、光回線を使える環境が整います。

 

今後の課題と取り組み

――今後の課題、また計画について、教えて下さい。

平 課題は、ランニングコストを考えた場合の一時避難所のWi-Fiをどうするかということ、そして平成23年度に整備した自営の光ケーブルの耐用年数があと5年くらいで迎えるので、それをどうしていくかということです。財政がさらに厳しくなっていく中で、整理するところはしていかなければと思っています。

また、学校のタブレットも今年度末には1人1台が整う予定です。しかしながら、これらの利活用を進めるためのICTの知識をもった人材が少ないという課題があります。学校の分野でいうとICT支援員というような人たちの手当ができていないのです。学校の先生も使うように頑張ってくださっていますが、速やかに先生がもっと楽にタブレットを使えるようなソフト面での支援をしていく必要があると思っています。

あとは御所野遺跡など観光の分野ではWi-Fiをさらに活用して、ARやVRなどを使った観光案内ツールのようなものを整備できればと考えています。

 

「御所野縄文公園」内施設にアンテナを設置 (同様に茶色に塗装、柱3か所に計6本)

――地域の抱える課題をICTで克服する取り組みですね。

來田 地域課題の一つである高齢化対策だと、買い物弱者の方がICTを使いこなせればネットショッピング、ネットスーパーなどで買い物をすることにより、バスやタクシーなどを使って町まで行って重たいものを持って帰ってくるというようなことを解決できます。

コロナの影響で一気に進みそうですが、遠隔診療、オンライン診療などももっと活用できれば、交通弱者対策の課題もICTを使って解決していけるのではないかと思います。

独居老人の方のコミュニケーションなどは、保健師さんが定期的に回るのも大切ですが、町の面積が広い(町の遠端まで行くのに車で1時間ぐらい掛かります)ので場合に応じてタブレット等を使ったオンライン面会も活用して細かいケアができれば良いと考えています。

 

――それはまさに日本の課題そのものですね。「課題先進の町」ですね。それを行うことによって喜ぶ人、感謝する人、助かる人もいっぱいおられると思います。とてもやりがいのある仕事ですね。

來田 そうです。教育の面に関しても、都市部と違って塾というものがないので、当町で公営塾を運営しています。現在は徐々にオンライン型の塾が増えてきていますが、さらにICT化が進むと、東京にいても仙台にいても一戸町にいても、地域や場所による教育の格差が少なくなると考えています。学校に通うためにスクールバスで30分以上も掛かっている子供たちもいるので、通学の負担を考えなくてもいいように、「バスの中で宿題が終わったよ」というような時代が来ることを願っています。

 

――「地方創生」の教科書のようで、地域課題に正面から取り組んでいるわけですね。

來田 現在、新たな取り組みとして考えているのが、高校をコアに想定した、農業のICT化、介護現場のICT化です。これらの分野で、具体的な活動を進めていきたいと考えています。

 

――農業分野ではどういう取り組みになりますか。

來田 ドローンを使った農薬散布や、GPS等を使って畑を耕すトラクターであるとか、水田の水の管理とか、先進地でICTを使った実証実験が進んでいるものの中から省力化や大規模化が望めるものを、こちらの農家さんが実際に使えるツールとし、さらに、それによって収益が上がったり省力化できたりという形にもっていきたいと考えています。

 

――農業の高齢化、働き手不足、後継者不足は深刻ですから、それをICTでやるという、本当に正面からの取り組みですね。

來田 介護も働き手不足に困っています。ICTが揃っている他の地域に若い介護人材が流れていってしまっているので、町内の事業者さんへのICT導入のアドバイス、ご支援を行っています。町の高校に介護を勉強できるコースがありますが、盛岡や仙台などの先進技術が整っているところに、人材が流れてしまうのです。働き手としての介護職員も不足しており、人口減少の一因となっています。その人材を一戸町の中に留めておくことができれば、人口減少を1人でも抑えられるわけです。介護の人材の現場でもICTで解決できるのであれば、私たちが頑張る必要があると思っています。

 

――「00000JAPAN」を導入していただいていますが、Wi-Bizについて期待とかご希望とかありましたらお願いします。

平 ICTはWi-Fiも含めて、多くの技術進歩があり急激に変わってきています。5G、ローカル5G、いろいろな技術が出てきており、自治体の方も非常に関心が高い状況です。5Gの話がどうしても先行してしまうので、インフラを整備していく中で、Wi-Fiなどほかの無線システムとのすみ分けについて詳しく且つ、分かりやすく教えてもらえると助かります。もちろん特に若い人は関心が高いので、新しい技術とか新しい取り組み、ソリューションというのを、ぜひ一緒にやっていければと思います。

來田 Wi-Bizさんのメルマガ等では私たちも勉強させていただいていますし、総務省さんの事業の解説など、すごく助かっています。
これからさらに子供たちがWi-Fiを使う機会が増えていくと思います。学校だけじゃなく、家庭や公衆無線LANでの利用が増えている中で、依然として安全な使い方という教育が追いついてないと思います。スマートフォンなど若年層での利用が進み、小学生も使っている中で、事件に巻き込まれることがないように、Wi-Bizさんのほうでも、講師派遣など啓蒙をしてくださることを希望します。


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