トップインタビュー
NTTアドバンステクノロジ株式会社
代表取締役社長 木村丈治 氏
ビジネス拡大に向けた「7本柱」
IOWN構想の具体化へ技術開発
NTTアドバンステクノロジ(NTT-AT)は、NTTグループの技術的中核企業としてNTT研究所技術の事業化などに取り組んでいます。木村社長は、ビジネス拡大に向けた「7本柱」を打ち出し、社会的課題の解決に注力するとともに、NTTグループが推進しているIOWN構想実現へ「プレIOWN」の取り組みを始めました。木村社長にIOWNへの取り組みと今後注力する技術開発テーマについてお聞きしました。
AIロボティクスと環境エネルギーに注力
――コロナ禍で、創立45周年、中期事業計画の最終年度を迎えられているわけですけれども、現在の御社の事業の状況、取り組みの方向などを教えて下さい。
木村 3年ごとに中期事業計画を作り成長戦略を立て事業を進めていますが、今年は19年度から21年度の中期事業計画の3年目となります。
昨年度はコロナの影響を受けて新規の事業開拓が非常に難しい状況になり、5%の安定成長を計画していましたが、増収確保という状況にとどまりました。
今年度は、昨年度の分も含めて回復するという意気込みで取り組んでおり、現在、順調に推移しています。
事業成長のため重点ビジネス分野を設定しています。当初は①「Value Co-creation」いわゆるお客様と一緒に価値を創造すること、②「セキュリティ」、③「クラウド・IoT」、④「グローバル」の4本柱でした。
そこに、⑤「AI&ロボティクス」を加え、さらにNTTグループで推進する⑥「IOWN」を真ん中に据えました。今年度から7本目として⑦「スマートコミュニティ」を加えました。この7本柱を軸に環境エネルギーの推進、お客様と私たち自身のデジタル化を目指します。
――特に注力しているのはどこですか。
木村 1つはAI&ロボティクスの主力商材として「WinActor」というRPA(Robotic Process Automation)ツールを提供しています。
人が行った作業をロボットが記憶し、単純作業を繰り返し実行するもので、6500社を超える企業にご利用いただいています。これを中心にDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進していますが、単純作業だけでなく、例えば手書き文字の認識、入力のデジタル化、ワークフロー全体の電子化、紙とハンコを使わないDX推進を大きなテーマとして取り組んでいます。
もう1つはスマートコミュニティで、再生可能エネルギーの利活用に向けて消費エネルギーの低減に貢献する取り組みです。
NTTグループは日本の約1%の電力を消費しています。5Gへの移行により消費電力はさらに上昇しますので、これからどのようにエネルギー消費を抑えるかが重要です。IOWN構想では、2030年に向けて通信容量を100倍にし、しかも消費電力を2桁下げることを目指していますので、NTT-ATもスマートコミュニティ、スマートエネルギーを柱に据えています。
IOWNは、光電融合というデバイス技術に基づいて下げることから始まっていますが、これをNTTグループ全体の消費電力を下げることと結び付けるためには、ビジネス化が必要と考えており、スマートエネルギー領域に注力しているところです。
――ビジネス拡大に向けて「7本柱」で事業を進めているわけですね。もともとNTT-ATは、NTT研究所の成果を民間移管していくという理念から始まったわけですが、それはどういう段階に来ているのでしょうか。
木村 例えば「WinActor」はNTT研究所が開発した技術をNTTデータや事業会社を含めてビジネス化を推進し、世の中に広げた成果です。
また、消費電力の低減に向けては、材料やデバイス分野で過去に取り組んでいた成果が少しずつ出始めています。NTT研究所の技術成果は最先端なので、実際のビジネスになるまでには相当、時間が掛かります。また研究所の取り組みだけではなかなかビジネスに繋がらないので、技術パートナーなどと連携して、マーケットに合った形で商品化することがポイントだと思います。
――具体例をお話しいただけますか。
木村 例えば今、一番伸びている分野はEUV(深紫外線領域)という紫外線の外側の波長帯を使ったミラー、鏡のビジネスです。
――鏡ですか。
木村 半導体の製造プロセスで検査をするときに非常に精度の高い鏡が必要です。この技術はグローバルレベルでもNTT-ATのオンリーワンといえるのですが、この技術のもとになったのは1990年代にNTT厚木R&Dセンタで研究していた技術です。それが、20年以上たって、半導体プロセスの微細加工がどんどん進み最近は5ナノを切るという状況で、それを検査するために精度の良い鏡が必要になり、その技術が今、脚光を浴びています。今年度だけで数十億円の売上になっています。
非常にニッチな領域ですが、研究所技術の商用化は時間がかかるため、他のパートナーの技術を含めて、どう磨き込んでいくかが重要です。こうした地道な取り組みが将来的にはより大きく羽ばたくのではないかと思っています。
IOWN構想のスケールとインパクト
――「IOWN」を事業の真ん中に据えられたということですが、これも非常に雄大な構想で、今、どうなっているんだろうということが、なかなか分からないことがあるのですけど、NTT-ATはIOWN構想の中の、どういう点を担っていかれる、どういうスパンで取り組みをしていかれるのか、お聞きたいしたいことです。
木村 IOWNの一番核になる技術は「光電融合」です。電気で処理をしているものを光で直接処理をすることで、光-電気変換の工程を減らし消費電力の大幅減も可能、さらに容量の拡大もできる、これがキーとなる技術です。
この技術を実現するのはNTTエレクトロニクスという研究系の子会社で、NTT-ATはその周辺の技術にしっかり対応していくことがポイントだと思っています。
具体的には、デバイスの材料でいうと、窒化ガリウム(GaN)を使うと消費電力が半分ぐらいになります。これをスマホのアンテナ部分の基板であるとか、パワーデバイス、電力系のデバイスに使うことによって消費電力を下げていくことが可能となります。こうした、デバイスの領域でスマートなものを作っていくというのが取り組みの1つです。
もう1つは、inQsという会社との協業で同社が開発した省エネルギー化を実現する無色透明発電ガラスの販売を開始しました。これは、光ファイバと同じガラスですが、光が当たると特定の波長成分をエネルギーに変えるという技術です。今、太陽電池はレアメタルを使わなければなりませんが、この技術はガラスでそのまま発電できます。NTT-ATは、こうしたビジネスにより、IOWN構想の実現に向けNTTグループが推進する「スマートエネルギー事業」に貢献します。
次にやらなければいけないのはネットワークです。今のネットワークは光を電気に変換することを前提に装置が作られています。それをオール光でどう実現するか、波長でどう実現するか、波長の数や伝送距離などを含め検討事項が山積みだと思います。こうした一つ一つの装置や技術開発が大きなポイントになると思います。
――光電融合という原理的なところから変えていくわけですから、トータルとしてものすごいスケールと波及力を持ってくるわけですね。
木村 その通りです。もう1つ忘れてならないのは、「コグニティブ・ファウンデーション」というオペレーションのところです。
人が大変な稼働を掛けてオペレーションをしているのでは意味がなくて、IOWNによるネットワークの改変は、自動化をセットで進めていかなければならないと思います。
従来、ネットワーク装置を開発して、後からオペレーションがついてきますが、今は人件費がどんどん高くなっていますので、自動化が大きな要素になります。ネットワークの構成を考える最初の段階からオペレーションをしっかり検討していかなければいけないと思います。
IOWNの3つ目の要素は「デジタルツインコンピューティング」です。バーチャルの世界とリアルの世界をどのように渡り歩けるようにするかというアプリケーション開発のことです。
NTTの研究系子会社のNTTテクノクロスがメインで実現するところかもしれませんが、我々はまちづくり防災とエネルギーマネジメントに注力したいと考えています。
今は双方向・マルチデバイス対応の情報配信サービス「@InfoCanal」というシステムを数十の自治体にご利用いただいていますが、大雨などの自然災害のときにご利用いただくシステムの提供も始めています。それを核に、平時はエネルギーマネジメントを行いたいと思います。
再生可能エネルギーになると、太陽光や風力という天候に影響されやすいものから地熱やバイオマスなど、いろいろな要素のものを組み合わせて使用することになり、マネジメントが必要になります。大きな発電所で発電したものではなく、地産地消型がエネルギーの新しい使い方で、N対Nになるわけですから、通信に非常に近づくと考えています。そういうものをIOWNのアプリケーションの1つとして推進できないかということで、取り組んでいます。
――IOWN構想は2030年実現がターゲットですが、突如出るわけではなくて、それまでにいろいろ積み重ねていくわけですね。「プレIOWN」に着手されていると聞いています。
木村 プレIOWNというのは、まさにそういうことで、NTT東西がそれぞれの地域でローカル5GやMVNOを提供できる状況になってきましたので、いち早くアプリケーションに近いところで新しいビジネスを展開したいという中で、IoT技術などを使い、いろいろなことができないかという観点でビジネスの支援に取り組んでいます。
もう1つは5G/ローカル5G、その次のBeyond 5G、いわゆる6Gの標準化が始まろうとしていますので、実践を積んだ上で将来につながる議論も進めていく必要があると思っています。
――次の中期計画が非常に大きなステップボードになりますね。
木村 NTT-ATとしては確実な成長を遂げ利益をきちんと上げていくことが第一ですが、それと併せて人が財産の会社ですので、人材育成もしっかりやりたいと思っています。
もともとネットワーク中心の会社ですので、ネットワークの技術者が多いのですが、それに加えてセキュリティの技術者、それからクラウドの技術者、さらにビッグデータ解析、データの処理をする人材の育成を進めています。社員2000名の会社ですが、100名を超える有資格の無線技術者もいます。IOWNは、光と無線がキーワードです。無線もWi-Fiというアンライセンスのものと5Gあるいは6Gといったライセンス帯のものを共通で分かる人材が必要になってくると思っています。複合型技術者育成に一生懸命に取り組んでいるところです。
ワイヤレスと光の組み合わせ
――IOWNが光と無線という話ですが、ここに来て5G、ローカル5G、6G、Wi-Fi、IoT向けのLPWA、いろいろなものがワイヤレスなしには考えられなくなってきているわけです。IOWNにおけるワイヤレスの重みについて、どうお考えですか。
木村 IOWN時代は、電気を光で処理をする光の時代、もう1つはガラスです。これはどこにでもある素材で、大容量の光ファイバは光を反射させながら情報を送っているわけです。大容量で遠くに情報を送る光ファイバの技術、ガラスの技術、これと無線の技術の組み合わせがIOWNの基本になると思っています。
無線の技術は、IoTのように非常に小規模な情報を送るものから、AR・VRといった非常に広帯域の映像をどう送るかという技術もあります。それに、ライセンス帯の5G・6Gをどう組み合わせて作るのか、また特にユーザインターフェースに近いところは無線の技術が多くなることは間違いないので、その組み合わせをどう実現するのかが大事なポイントだと思います。
――ワイヤレスというものが非常に幅広くなっています。ミリ波のようなものすごく高いところから、長波のようなローなところまで、使える無線の範囲が広くなって、用途が拡大しています。適したところに、適した無線を使えるという非常にいい時代ですが、それだけ無線技術が重要になっているということでしょうか。
木村 もちろん重要になっています。しかし、有限のリソースであることは間違いないので、いかに効率的に使っていくかということが、必ず前提にあります。したがって、全てがワイヤレスというわけではなく、光の処理技術や電気もゼロにはならないので、電気の技術も必要。それにワイヤレスをどう組み合わせるかということが最大のポイントになると思います。
地域活性化への貢献を
――Wi-Biz(無線LANビジネス推進連絡会)は業界団体として日本の無線市場を引っ張って来て、今年9年目ということになりますが、今後の役割と期待について、お願いします。
木村 9年前ぐらいは、Wi-Fiが日本中どこでもつながるという状態ではなく、海外からお客様が多く来るようになる中で、「日本のWi-Fi環境が良くない」と、ずっと言われていましたね。フリーWi-Fiという概念を小林忠男さん中心に広めてきて、今は日本中、ほとんどどこに行っても自由にWi-Fiが使えるようになりました。これは素晴らしいことだと思います。
本来であれば、東京オリンピック・パラリンピックに海外から多くの方が来られ、「日本の環境はこんなに良くなったのか」と言っていただけるはずでしたが、非常に残念でした。
これからはもう一歩、次の世界に行くと思います。それは人がインターネットにつなぐということから、モノがつながる世界になり、これからはモノとモノになって、当然EVや自動車もそうですし、セキュリティカメラなどが所々に置かれ、画像認識技術がどんどん進んでいく。さまざまなところにIoTのセンサが置かれるという多様なモノがつながる時代になりますので、これがどのように使われるかということが、すごく大きなテーマになると思います。
さらにネットワークの概念からいうと、いかに分散処理型になるかです。今の世の中はデータセンタに集中して、情報を処理するという流れになっていますが、これからは、エッジコンピューティングにより、分散して処理を早くしていくことが極めて重要になります。
例えば自動車と自動車がぶつからないように制御するためには、当然のんびりした制御では間に合いません。ですから、ニーズに応じて使われ方が大きく変わってきます。そういう中でワイヤレスの世界がどう進化していくかが非常に大きな意義を持っていると思います。
今までは誰でもどこでもインターネットにつながる世界を実現したわけですが、あらゆるモノがつながる時代になる中で、それに応じたネットワークのパフォーマンスを提供しなくてはなりません。したがって、5Gはもちろんですが、Wi-Fiを含めたワイヤレス技術が非常に重要であることは間違いありませんので、そこに向けてより貢献していただければと思います。
――今までは人をつなぐものだったわけですけれども、モノとモノをつなぎ、そこにIoT、AIが入ることによって、もう1つ大きな無線の世界が開けていくということですね。
木村 そうです。もう1点だけ付け加えると、地方創生により、地方でいろいろなことに取り組んでいますが、その地方に閉じた産業振興や住民サービスが非常に大事になってくると思っています。そうなるとローカル5Gなどの構内ネットワーク向けの高度化も大きく進む可能性があると思いますので、Wi-Fi やWi-Fiの新規格11ahなどへの貢献も大きいのではないでしょうか。
日本の場合、地方創生がうまくいっていないという実態もあるので、地域の産業振興にも大きく貢献していただきたいと思います。NTT-ATもそうした分野のビジネスを拡大しようと思っていますので、ぜひ一緒に推進させてもらいたいと思います。
■Wi-Biz通信(メールマガジン)の登録はこちら