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802.11ahの技術ポイントと制度化の最新状況
802.11ah推進協議会副会長 鷹取泰司
802.11ah(以下、11ah)はIoT向けワイヤレスアクセスを実現する広域無線LANです。スマートフォンやタブレットなどのスマートデバイスやノートパソコンでの利用を中心に無線アクセスの利用が拡大してきましたが、次の展開はあらゆる産業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を担うIoT向けの無線アクセスだと言われています。11ahはこの展開を現実のものとする魅力を持つ無線規格です[1]。以下では、11ahの技術のポイントと制度化の最新状況について説明します。
新たなIoT向け無線の展開を担う802.11ah
これまでも多数の無線システムがIoTをターゲットに開発されてきました。ただし、コストや伝送速度、無線環境の構築の難しさの問題から、限定した利用用途に留まっていました。表1に11ahと従来の920MHz帯のIoT向け無線通信システム、及びセルラー方式のNB-IoTの比較を示します。
この表からわかるように、伝送速度とエリア範囲はトレードオフの関係にあります。11ahはこの従来のトレードオフラインを大きく超えていることがわかります。さらに、現在広く利用されているWi-Fiと同じようにIPベースで容易に無線ネットワークを構築できるという特徴も併せもっています。なお、距離特性については、802.11ah推進協議会(以下、AHPC)でも測定評価を実施しており、見通しを確保できた場合には2.5km以上の通信エリアの確保にも成功しています。
表1 IoT向け無線システムと802.11ahの比較
Wi-Fi Alliance ホワイトペーパーの情報を元に作成
*Sub-1 GHz: 1GHz以下の周波数
**>2.5km: 11ah推進協議会での検証実験で2Mbps@2.5kmを確認
***20M: 4MHz帯域伝送時の規格上の最大伝送速度(1空間ストリーム)
****バッテリや電池での長期運用:センサデータでの運用
以上のことから、11ahの持つ広域・高速性、開発・展開の容易さは、今までのIoT向け無線アクセスを新たなステージに革新していくことが期待できます。
802.11ahの技術のポイント
これまでの無線LANは2.4/5GHz帯を使っていましたが、11ahではサブ1GHzと呼ばれる1GHz以下の周波数帯をターゲットにしています。移動通信においては、700MHz~900MHz帯付近の周波数帯は「プラチナバンド」と呼ばれ、電波が遠くまで飛ぶとともに広帯域通信が可能な貴重な周波数帯と考えられています。11ahではこのサブ1GHzでIoT向けに無線LANを運用できるようにするため、①伝送帯域の狭帯域化、②通信エリアの拡大、③省電力化、④多端末への対応、という課題を解決する技術が規定されています。以下、それぞれについて技術のポイントを紹介します。
① 伝送帯域の狭帯域化
2.4/5GHz帯の無線LANチップに詰め込まれている世界最高水準の技術ノウハウをそのまま流用できるようにするため、11ahでは低周波数でチップを動作させる等の技術により、2.4/5GHz帯の無線LANの最低帯域である20MHzの1/20となる1MHz伝送を実現しています。これにより、無線システムに割り当てられる周波数帯幅が限られるサブ1GHz帯でも、複数チャネルを利用した運用が可能になります。
② 通信エリアの拡大
広域のエリアを確保するため、同じ信号を2回繰り返して送信するなど、よりノイズに耐性のある変調符号化方式を新たに採用しています。また、さらなる通信エリア拡大のためのリレー機能を利用することも可能です。たとえば、11ahのAPを1台と中継機を2台使って端末と3ホップ接続で通信する場合、各ホップの距離を1kmと設定すれば最大で3km離れた端末との通信も可能になります。
さらに、屋外での広域エリアの場合に問題となる遅延時間の長い遅延波に対する対策も行っており、2.4/5GHz帯の無線LANと比較して、10倍の遅延時間に対する耐性があります。
③ 省電力化
IoT向けには省電力性能も重要な指標となります。11ahでは必要な時間だけ通信する技術としてTWT(Target Wake Time)を導入しました。TWTは省電力化したい端末がAPに対して要求し、スリープ期間を設定する技術です。端末がスリープ状態から通信状態に戻った際に、自端末宛ての通信の有無を確認し、有りの場合のみ通信を開始します。このようにすることで、通信性能を落とすことなくスリープ期間を確保することができます。なお、11ahで導入されたTWTは11ahの後に策定された11ax(Wi-Fi 6)にも継承されています。詳細は異なりますが、目的や基本的な動作は同様です。
その他、5年以上のスリープ期間を設定する技術や、送信時間をできるだけ短縮化するための制御信号によるオーバーヘッドを削減する技術も規定されています。
④ 多端末への対応
これまでの無線LANは、多数の端末が同時に通信を行う環境では送信機会が得られにくくなり、スループットが著しく低下するという課題がありました。特に11ahのように広域エリアをカバーする場合は、より多くの無線LAN端末がエリア内に存在しますので、この問題は深刻になります。そこで、11ahでは他の無線LANを識別するためにBSS Coloringという方法を導入しました。これにより、他の無線LANの影響を受けにくくしています。11ahで導入されたBSS Coloringは、最新の2.4/5GHz帯の無線LANであるWi-Fi 6にも適用されています。
制度化の最新状況
11ahの日本国内で運用するためには、11ah規格の特性にあわせた制度化も必要となります。11ahの国内展開に向けては、IoT向け無線通信に利用されている920MHz帯(920.5~928.1MHz)での制度化の検討が進められています。また、将来に向けては現在移行がはじまっているデジタルMCAの跡地(845MHz~860MHz、928.1MHz~940MHz、以下「MCA跡地」と表記)も11ahの候補周波数帯となっています。
図1 802.11ahの対象周波数(現行,MCA移行後)
2021年10月に総務省からパブリックコメントの募集が行われた「周波数再編アクションプラン(令和3年度版)(案)」では、920MHz帯については「IoTの新たな利用ニーズに対応するため、920MHz 帯の小電力無線システムの利用 拡張に向けた取組を推進する。」という記載があり、またMCA跡地についても「令和3年4月にサービスを開始した高度MCA 陸上移動通信システムへの移行時期等の検討と併せて、移行により開放される周波数を使用する新たな無線システムについて、移行期間中からの周波数共 用による段階的導入の可能性も含め、その技術的条件等について、検討を進める。」との記載があり、両周波数帯とも制度化に向けた具体的な取り組みが進められる予定となっています[2]。それぞれの周波数帯の制度化状況を以下にまとめます。
① 920MHz帯の制度化
広域のIoT無線通信を担うのはアクティブ系で20mWの出力が可能な920.5MHz ~928.1MHzとなります。この周波数帯では、1つの無線局は1時間当たり6分間以下のみ送信が許可されています。送信可能な時間割合はDuty 比と呼ばれ、1時間当たり6分間以下ですのでDuty比は10%以下となります。動画像伝送などの運用では、送信する画質や動画のフレームレートを調整することで、信号送信を行わない時間を適切に設定し、Duty比をみたしながら途切れることなく連続して通信できます。
【最新の制度化の検討状況】
現在、920MHz帯の国内展開に向けた制度化の検討が大詰めを迎えています。2018年11月の802.11ah推進協議会発足以降、ユースケースの検討、実験試験局による実特性の評価やこの周波数帯を利用する関係機関との議論を重ねてきた結果、ついに2021年6月に総務省が運営している情報通信審議会における検討が開始されました。802.11ahの国内利用に向け、送信帯域幅を現行規定の1MHzから拡大する検討を行うことが明記されています。2022年の2月または3月に答申を行うスケジュールも示されており、802.11ahの国内利用の制度面での準備が着実に進められています。
② デジタルシステムMCA跡地
MCA跡地が自営用IoT無線の新たな候補周波数帯として検討されています。現在デジタルMCAシステムは850MHz~860MHzを下り通信に、930MHz~940MHzを上り通信に利用していますが、今後はLTE技術を用いた高度MCAシステム(上り通信:895MHz ~ 900MHz、下り通信:940MHz ~ 945MHz)に段階的に移行される予定です。総務省で2020年に実施した検討の結果によると、845MHz~860MHz帯については、11ahの他、「3次元屋内外測位システム」「LPWAシステムの双方向化」が候補システムとなっています。また、928MHz~940MHz帯については、11ahの他、「LPWAシステムの双方向化」、「パッシブ型RFIDの利用拡大」、「IEEE 802.15.4x方式によるIoT無線通信システム」、「無人航空機等の位置情報共有システム」が候補システムとなっています。
11ahの920MHz帯での運用帯域は7.6MHzですので、デジタルMCA跡地での利用が可能となれば、920MHz帯の約3倍の周波数が利用可能になりますので、より幅広い領域で11ahを展開していくことが可能になります。
最後に
11ahの技術のポイントや制度化の最新状況を紹介しました。IoT向けの無線アクセスは効率化による産業維持だけでなく、様々な企業や産業間での情報連携による新たな価値創造の要になると考えています。制度化によって11ahが利用できる状態になることは第一歩ですが、それだけでは大きな潮流にはなりません。様々な端末やアクセスポイントの商用化や、それらを活用した多様なソリューションの創出・展開が連動していくことが必要です。そういった展開を協創していく仲間が増えていくことを期待しています。
参考文献
[1] 小林 忠男,無線LANビジネス推進連絡会,802.11ah推進協議会,「プライベートワイヤレスネットワーク入門」リックテレコム発行,2021年10月.
[2] 総務省,「周波数再編アクションプラン」の見直しに係る意見募集,2021年9月.
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban09_02000418.html
[3] 小林忠男,『IoTにおけるWi-Fiの役割と802.11ah』,802.11ah推進協議会ホームページ,2019年.
https://www.11ahpc.org/news/20191007/index_a1.html
[4] 森 健一, 島田 修作『IoT/M2Mを支える新規無線LAN規格 ─IEEE 802.11ah─』電子情報通信学会 通信ソサイエティマガジン、2016年10巻2号 p. 92-99.
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