トップインタビュー
D-Link Corporation
CEO 張 家瑞 氏
産業別のソリューション開発こそが
Wi-Fiビジネスの次の発展を開く
台湾に本社を置く情報通信機器メーカー「D-Link」は世界56か国でグローバルにビジネスを進めています。日本のWi-Fiビジネスを立ち上げた張 家瑞 CEOに、2022年の事業戦略と日本での新たな取り組みについて伺いました。
コロナとウクライナの影響を見据える
――2022年はコロナも収束に向かいグローバルにビジネスは活性化する年になると期待していたと思いますが、ロシアによるウクライナ侵攻が始まって世界中が激動に直面しています。簡単には予測できない情勢ですが、主にネットワークと通信を見て、どういう年になると見ておられますか。
張 弊社はネットワークのビジネスに関してはグローバル展開をさせていただいているんですが、2020年にコロナが起きてから部品不足の状態に陥ってしまっています。2020年の後半から現在まで、まだ品不足の状態が続いています。2020年21年と、台湾の好景気にともなって、いろいろ積極的な取り組みを進めました。2022年はこれに踏まえて、もっと拡大していけたらと思っていたところ、ウクライナとロシアとの戦争が起きまして、コロナの疫病に加えて、頭を悩ませているところです。
コロナ禍では、在宅勤務が1つの標準勤務形態になってきていますので、2020年の後半から2021年、そして今日まで、オフィス用とか家庭用のネットワーク機器の需要が高くなってきています。今までネットワーク環境の整備にあまり力を入れていない中小企業もコロナ禍の影響で投資を増やしている印象を受けています。我社もそうですけれども、2020年21年と業績が右上がりの形になっていることがそれを証明しているのではないかと思います。
ネットワーク市場で一番成長が著しいと感じているのはアジア地域です。そして中東、インド東南アジアなど、エマージングマーケット、発展途上国です。今までそんなにインターネットの整備に力を入れていないところで、遠隔教育とか在宅勤務とか、それに関連してかなりのニーズが喚起されまして、我々も先ほどの3つの地域では、ほぼ2桁の成長率を果たしました。
もう1つ感じているのは、中小企業の活性化です。品不足のせいもありますけれども、会社のネットワークインフラ用のスイッチも追いつかないほどの出荷の状態が今もまだ続いています。
2022年の展望ですが、もちろんロシア・ウクライナ戦争がどのような決着がつくのかによりますし、今はそれは分かりませんけれども、戦争によるインパクトが一番大きいのはコンシューママーケットだと思います。戦争によって天然ガスとか石油が高騰していきますので、これはインフラにつながってしまうんです。インフラに影響が及ぶと、生活必需品ではないネットワーク機器は食料品などと比べると優先順位が低いのです。しかも、2020年21年に家庭内にかなり普及しましたので、2022年は横ばいになるかなというのが、私の感触です。
逆に、中小企業は会社内のインフラ整備とかネットワーク整備の需要は、現在も戦争の影響を受けずに、需要をかなり強く感じています。
――この間のコロナ禍によって在宅勤務とかリモートワークが世界的に広がり、ネットワーク需要・機器需要が非常に高まっているということですね。
張 そうです。ウクライナ情勢でエネルギー価格が高騰し物価が上がることは明らかです。それがどういう形で生活・ビジネスに影響していくかはまだ不透明なところがありますので、引き続き警戒しながら見ていくということですね。
ワイヤレスとソリューションとの組み合わせ
――モバイル/ワイヤレス市場は世界的に見ても目覚ましく成長し、新しい技術の登場によってネットワーク市場を引っ張っています。日本では5G、ローカル5G、Wi-Fi 6、今後は6E、11ahなどが注目されています。この市場にフォーカスしたときに、今後の発展をどう見ていらっしゃるかお聞かせ下さい。
張 ワイヤレスの技術は、5Gをはじめローカル5G、Wi-Fi 6、6E、いろいろな規格が急スピードで世の中に現れてきていて、非常に面白い局面ですね。個々の特性によってそれぞれの持ち場があると私は考えています。例えば5Gですと、高速、低遅延、カバレッジが広いという特性からいきますと、たぶん一番期待されているのは自動運転ではないかなと考えています。特に電動自動車(EV)の自動運転は、天然ガスとかエネルギーの高騰によって加速され、今年からハイスピードで前に進んでいくだろうと考えています。5Gはまさにそのような使い方を一番期待されているのではないでしょうか。
2つ目のローカル5Gは、これは産業用で特殊運用と私は見ています。AIとの融合の形で、1つのソリューションとして使われるだろうと思います。単なるローカル5Gだけというような使い方ではあまりマーケットは広げられないと思います。
これは産業用ですので、産業に対して何かベネフィットを与えないと、単なる1つのトレンディなもので過ぎ去ってしまう。ローカル5GはAIの技術を取り入れて効率化を高めていくとか、プラスアルファした形じゃないと私は難しいだろうと思っています。
産業用になりますと個々の産業の特性がありますので、個別の産業におけるERP(Enterprise Resource Planning、企業統合システム)も結合しなければなりません。そして1つのトータルソリューションとして産業に紹介していかなければ、飛躍的な成長はないだろうと考えています。つまりローカル5Gはあくまでも1つの通信インフラですから、AIと結合し、さらに各産業のERPを結合して、1つのトータルソリューションとして、その業界に持っていった方がいいだろうというのが私の考えです。
――5Gも、普及はリューションとの結合次第ということですね。Wi-Fiはいかがでしょうか。
張 Wi-Fiですが、Wi-Fi 6がまだそんなに普及になっていないのに、Wi-Fi 6Eは今年、市場導入という形になり、さらにWi-Fi 7の足音も聞こえていて、目覚ましく規格のアップデートが進んできています。Wi-Fiは無線の技術の中では一番安価な技術なんですね。これは重要なことです。
家の中のWi-Fi 6の浸透率はどのぐらいか。世界の調査機関からのデータも見ますと、今はやっと半分ぐらいです。今年、Wi-Fi 5と逆転するような形で進んでいます。
でも、実際の家庭の中で、次のWi-Fi 6Eまでは必要ですか。一般の個人ユーザがそこまで必要とするのか私は疑問を持っています。Wi-Fi 6はコンシューママーケットでも、ある程度の期待感はあると思います。でも、Wi-Fi 6Eまでは、それほどではないだろうと思っています。
Wi-Fi 6Eは利用シーンからいきますと、Facebookが今、推奨している「Meta」です。VR・ARのデータの運用だろうと思います。これは、遅延が低くしかも大容量のトラフィックが送れるようなアプリでの利用になるだろうと思います。例えば遠隔医療とかも有望でしょう。
もう1つはGamingですね。Gamingにおける繊細な画質は毎年、革命的に進歩していますので、そのためにも大容量のトラフィックとか伝送能力のWi-Fiの装置が必要なんです。そういう一定のプロユーザーなり、そういったアプリケーションには使われるだろうと思っています。でも、爆発的にはならないだろうと見ています。
――メタバースのような新しい分野で全く新しいマーケットが広がっていくという期待ですね。
張 そうです。Wi-Fiのデバイスの設備をユーザが買いに行くというのではなくて、「6Eはこのアプリに一番最適ですよ」というような売り方ですね。6Eの売り方は変わります。値段での勝負ではないのです。Wi-Fiの部分のチューニングでいかにクオリティを出すかどうかということですね。
――著しい特徴を持った6Eが、ある分野で特定用途として広がっていくというイメージですね。
張 そう思います。先ほど、802.11ahのことが出ましたが、LPWAなども、もともと規格としてセンサー類によるIoTのネットワークとして開発されたものです。センサーネットワーク用としては過去の流れから見ますと、ZigBeeとかZ-Waveとかいろいろありますけれども、バーティカル(垂直)な使い方なのでなかなか広がらず、普及までかなり時間がかかります。でも、私は、Wi-Fi HaLowというスタンダードには注目すべきだと考えています。
――Wi-Fi Allianceもいよいよ認証プログラムを開始しました。
張 802.11ahは、Wi-Fiの系統ですので、いろいろなインフラにすぐ取り込めます。ただ、各国で帯域が違いますので、その整合性にどのぐらいかかるかです。2019年に、Amazon、Apple、Google、Samsung、ZigBeeが「Connected Home over IP」の連盟を立ち上げ、2021年5月に「Matter」に改名されたのですが、そこはかなり力を入れてWi-Fi HaLowを推進していますので、どういう時代をつくり上げられるだろうかと興味津々に見ています。
産業用ソリューションが鍵を握る
――Wi-Fiビジネスは、モバイルとは別の大きな潮流(ストリーム)になっているわけですが、今後それがどのように発展していくのか。クラウド化によって新しい領域が広がってきていると思いますが、Wi-Fiビジネスの今後の展望についてお聞かせ下さい。日本では、5Gとかローカル5Gが広がるとWi-Fiの領域が狭くなるのではないかという危惧があります。
張 SaaS型のサービスが進化し広がっているのは、その通りだと思います。Wi-Fiはネットワークに接続する一つの端末ですという時代は過ぎました。これからWi-Fiに求められるのは、やはり付加価値です。どのようにソリューションを組んで市場に提供していくのか、それが勝負の時代になると思っています。
Wi-Fiのクラウド型サービスも、これでどのような価値を世の中に提供し、お金を払っていただくか、それがポイントだと思います。その点、2つあります。1つは管理、マネジメントです。例えばNTT東日本が「ギガらくWi-Fi」のマネージドサービスでやっていらっしゃいます。ネットワークは技術の進歩に従って使い方がどんどん難しくなるというのではなく、企業ユーザーはアウトソーシングしてスムーズに利用できるようにする、さらに何か新しい技術が出てきたら直ちにアップデートしてもらうというマネージドサービスです。それはユーザーにも評価され、お金を払っていただけるでしょう。
もう1つ、クラウドサービスの中で一番お金になる真髄はアプリなのです。自社の生産性を向上させ、効率化するソリューションがあれば、それは企業は支払うと思います。Wi-FiのクラウドサービスがSaaS型で付加価値を含んだものであればユーザーは利用価値があるわけですからね。
我々も、台湾でローカル5GとWi-Fiで産業のERPを進めるPoCをやっています。ある工場で金具の成型の工作機120台があり、1台ずつに5Gのモジュールを入れたんです。中華電信からローカル5Gの基地局を1基入れ、工場のERPのシステムと結合し、トータルソリューションとして提供しました。OA機器はWi-Fiで統合しています。8カ月ぐらい経ち、3カ月ごとのデータを取って分析したところ、生産効率が15%アップしていました。30%の経費節減も実証されました。データの分析によると、かなり大きな成果を得ています。
――ポイントは成果につながるソリューションですか。
張 そうです。単なるネットワークやマネージドサービスだけではなくて、ERPとのトータルパッケージとしての提供に持っていった方が、お金のいただけるクラウド型のSaaSサービスになるだろうと思います。また、3カ月に1回データを取って分析するわけで、そのビッグデータ分析のお金もいただけます。ユーザーには「何%効率アップできました」と説明できるわけですからね。我々もまだ勉強中ですが、長い目で見れば1年・2年どんどんデータが蓄積し、ビッグデータ分析を加えたら、よい成果が生み出され、ユーザーに評価していただけると思います。
中小企業のDX推進に貢献したい
――今日、日本では国を挙げてDXということがいわれていて、中小企業もDXをやらなければいけない、大企業はもちろんやらなければいけないし、地方自治体もやらなければいけない。現に徐々に進捗していると思いますが、DXに対する御社の取り組みを教えてください。
張 DXは1つの潮流になると思います。やはり皆さん、効率化、省力化、コスト削減の1つのソリューションとしてDXを常に頭のどこかのところに置いていると思います。先ほどの工場のPoCも1つのDXの例かなと思います。先ほど私も申し上げた通り、産業界でいいソリューションが組めれば、私はかなりハイスピードで進んでいくと思います。
台湾では、過去2年間、中国とアメリカの貿易戦争によって、かなりの工場が中国本土から引き揚げてきたわけです。でも、台湾の全人口は2300万人しかいないんです。やっぱり人手不足になります。人手不足で、しかも中国と価格戦争になるなかで、どのようにして勝っていくのか。この2年間で、政府と企業でやはりデジタルをもっと加速してやっていくしかないということです。
台湾は中小企業が多いんです。日本のような超大企業は少ないのです。中小企業が競争力を付けるためには、デジタル化を一番のベースにおいてやらなければならないです。
DXが進むもう1つの領域はコンシューママーケットでしょうね。例えば電子マネーはDXの一種です。娯楽関連でもかなりDXは進んでいます。20年前だと特定分野に突き進む人は「オタク」といわれていました。しかし、今オタクは特殊な人ではなくて一般の人がオタクになっています。VR・ARの世界に没頭すればそうなります、メタバースが潮流になってしまえば、そこで特徴的なスキルを持った人がリードすることになります。そして、そこでは安全とかセキュリティも関わってくると思います。この分野でのDXも進むと思います。
――御社はDX推進をどう進めていきますか。日本での取り組みも教えて下さい。
張 私どもがどのように日本のマーケットを考えているかというと、台湾で得たソリューションの組み方とか経験を、いかに日本のマーケットに合った形で紹介していくということです。今までのボックスムービング、箱売りからソリューション売りに変えていくことです。頭をまず変えないといけない。D-Linkは日本においては「D-Link Japan」がありますので、「ソリューション売り」ということを浸透させていきます。もちろんソリューションを売っていくためには、いろいろな知識、まず勉強しなければならないし、いかにそういった人材を取り入れることです。「会社は2022年からソリューションビジネスをやっていきますよ」と、まず共有してもらいます。日本のビジネスマンはクリエイティブさでもマネジメント能力という点でもとても優れていると感じています。さらに、日本からヨーロッパ、イギリス、ドイツ、イタリアにも、会社の戦略を説明しに行きます。ソリューションでもってネットワークのビジネスをD-Linkとしてマーケットで勝負しようと考えています。今真剣に取り組んでいる中小企業を中心に、ソリューション提供を積極的に進めていき、DX推進に貢献していきたいと考えています。
Wi-Bizへの2つの期待
――無線LANビジネス推進連絡会(Wi-Biz)も、今年で8年目になりました。いろいろ新しい取り組みを行っていますが、今後の役割と期待についてお願いします。
張 Wi-Biz発起の当時、D-Link Japanも参加させていただきました。いろいろな情報をいただいていて非常に役に立ったと思います。我々の期待としては2つあります。1つは、会員企業それぞれの持ち場があるのですけれども、私はソリューションとずっと言い続けてきたので、ソリューションを推進する団体として、それを仲介してもらって各社が手を組んで取り組んでいけたらいいなと思っています。私どもは、そういう形で手伝っていけたら嬉しいと考えています。
もう1つは、D-Link Japanとして3年かけて日本の事業を拡大していきたいと考えています。日本はソリューションビジネスを進めていけば、クラウド型のSaaSサービスがやりやすい環境に私はあると思います。この新しい取り組みをWi-Bizと協力して進めていきたいと考えており、それはWi-Fi業界の新しい局面を開くのではないかと思います。人材育成、人材確保の側面でも、市場に指針を与え、開拓していくWi-Bizにはとても期待しています。
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