ローカル5G技術講座Ⅱ 第3回 ベンダーの取り組み
ローカル5Gならではの機能に強いニーズ
現場とコンピューティングリソースを結ぶワイヤレス
富士通株式会社 5G Vertical Service事業部 シニアディレクター
上野 知行 氏
一般の企業・自治体がローカル5Gシステムを構築・運用するには、多くの場合、通信ベンダー、SI事業者のサポートが必要になります。ローカル5G市場拡大の鍵を握るのが、製品提供を行い構築・運用の支援を行うベンダーの役割といえます。富士通はキャリアネットワークの豊富な経験に基づきローカル5Gの市場立ち上げ時から取り組んでいます。富士通のローカル5G戦略を上野シニアディレクターに聞きました。
ローカル5Gならではの特徴に強いニーズ
――ローカル5G市場は現在どういう状況だと見ていますか。
上野 総務省の公開データによると、最初はミリ波-NSAシステムで免許申請は100件ぐらいで推移していました。2020年末にサブ6 SAシステムが使えるようになり、ずっと右肩上がりで、昨年末で700件ぐらいになっています。ミリ波は残念ながら横ばいですが、サブ6が出てきたことで「いよいよみんな使えるようになってきたんだ」と利用が広がっているのだと思っています。市場としてはまだ実証段階を抜けきっていない認識ですが、富士通のお客様でも実際に業務活用しているところが少しずつ見えてきており、ようやく立ち上がり始めてきたと実感しつつあります。富士通社内でもこれまで実証していたものを、今年度はサービスとして伸ばしていこうと考えています。
――富士通はキャリアのパブリック5Gも取り組んでいるわけですが、ローカル5G市場のビジネスはどういう見込みでしょうか。
上野 キャリア5GはNSAシステムでどんどん進んでいますが、企業向けからSAをやるだろうと思いますし、そこには我々も対応していきます。それとは別に閉じたネットワーク環境を使いたいという企業も多いと考えており、そういったところにはローカル5Gをどんどん訴求していけると思っています。実際にニーズは多く、お客様からは様々な問い合わせを頂いています。
現在引き合いがきている業種は製造業が最も多く、もともとWi-Fiを使われている方々です。ただWi-Fiだと干渉などの課題があるし、今後DXの取り組みを考えると高速で安定なワイヤレス通信が欲しいという考えで、ローカル5Gの活用は求められていると思っています。また、工場屋内やプラントなどはパブリック5Gには頼れないところがあって、そこには強いニーズがあると思います。また、鉄道系などでもとても興味深い実証実験をさせていただいています。
――鉄道系での活用は余り聞いていませんでした。
上野 ミリ波だと電波が絞れるので、線状地で上手く使えるのではないかと考えていらっしゃる方がいます。面で広くカバーするキャリアとは違って、点だったり線だったりという特定の場所で特徴を出すというのが、ローカル5Gの一つの攻め方と思っています。
――それはローカル5Gならではの特徴がでますね。キャリアはやらないところ、やりにくいところを、産業分野ごとに掘り起こしていくというのがローカル5Gの基本的な趣旨だったわけですからね。
上野 鉄道も製造業もそうですが、企業では自分のところでデータを全部持っておきたい、外に出したくないというニーズがあります。そういう用途では「パブリックではなくローカルで」という話になります。ローカル5Gではクラウドにコアを持つなどいろいろなタイプがありますが、オンプレでやりたいという企業がいらっしゃるのは間違いないです。データが外に出ないシステムできっちり運用していきたいというところはパブリック5Gではリーチできない領域ではないかと思っています。
――それは重要ですね。海外の「プライベート5G」はキャリアの丸抱えみたいなところがありますが、日本はユーザーが自社に即した個性的な使い方を考える傾向がありますね。
上野 国民性もあるのかもしれないですが、自社の用途に合わせて厳密な利用を考えている企業は少なくないと思います。
キャリア5Gの技術を生かした製品群を発表
――御社のローカル5Gへの具体的な取り組みを製品も含めて教えてください。
上野 2019年12月にミリ波の免許が取れるようになったので、まずミリ波のNSAのシステムを提供できるように準備し、製品を発表しました。2020年12月にサブ6の SAが使えるようになり、ミリ波のNSAの周波数の拡張も行われました。それに合わせた製品を、両方とも準備をさせていただいています。サブ6 SAの方は利用が伸びていますので、それに合わせて我々もどんどん出荷させていただいているという状況です。
――中心はサブ6でSAタイプのところですね。
上野 そうです。「FUJITSU Network PW300」という製品になります。我々はソフトウェア基地局という呼び方をしており、CU、5GC、監視するEMS、これらを汎用のIAサーバに運用する製品となります。DUは専用サーバになりますが、システムの大部分を汎用品を使うことでコストや保守性が良いものとなっています。アンテナも屋外用・屋内用を準備し、屋外は平面アンテナで狙ったエリアに、屋内はWi-FiのAPのような形で、同じ電波を最大8カ所に同時に出せるDAS形式で製品を出しています。
他に、sXGP方式の「FUJITSU Network PW100」、自営BWA対応の「FUJITSU Network PW200」といった製品を用意しています。PW100はPHSの置き換えで構内電話に使われることが多いということで、屋内タイプのものを基本として提供しています。BWAはキャリアがカバーできないプラント等で使われるということもあり、PW200は高出力で屋外で使えるものを準備しています。プライベートワイヤレス製品として、LTEから5Gまでシリーズでラインナップしています。
――PW300の特徴を教えて下さい。
上野 汎用のIAサーバ上にソフトウェア製品として構築するシステムなのでコストを削減できます。ハードウェアはサーバとして保守ができるので、使いやすくなっています。専用機だと終息すると置き換えが利きにくくなりますが、そこは払拭できます。
――DUの方は、専用サーバとして技術を集約していると。
上野 そうです。我々はキャリア向け5G基地局も作っていますので、その技術を活用することでより安定し性能も維持できるDUを開発することができています。キャリア5Gとローカル5Gを一緒にやっていることで、ローカル5Gにもキャリアレベルの質を持っているのが特徴になっています。ただし、ローカル5Gですから、コストを考えてIAサーバを使いながら、5Gの肝となる技術はDUに集約して載せるシステム構成としています。
――ユーザーにはどういうメリットがありますか。
上野 オンプレ型のローカル5G製品を提供しているところは意外に少ないのです。
大きな企業は自営の通信網を持ちたいという方が多いです。特に災害時などで通信が途絶えると困りますので、オンプレにしたいという企業にも評価が高い製品になっています。もちろん弊社はオンプレしかやらないということはなく、5GCをクラウドで運用するサービスもやっていますので、両方を出せるところが特徴になっています。
――クラウド型とオンプレ型の選択は、どういう形になりますか。
上野 ユーザーの思考が「データを外に出したくない」という場合はやはりオンプレ型になりますし、「ある期間だけ使いたい」という場合はクラウドのサブスク型になると思います。とはいえ、クラウド型も2~3年使う条件での契約の場合もありますので、やはり「システムはどっちで持つのがいいのか」で選んでいただくことになると思います。オンプレでやる場合にはハードウェアを買い取っていただき、保守費をいただく形になります。月額100万円程度からを想定しています。
――NTT東日本の場合は「中小企業向けにクラウド型で月30万円」となっています。御社の場合は、「ユースケースに沿ってクラウド型とオンプレ型で選んでください。経費は約100万円」という形になるということですね。
上野 マーケットや販売形態が異なりますのでそのまま比較はできません。クラウド型かオンプレ型かは「データを自前で確保しセキュリティリスクを抑えたい」かどうかです。
コストを気にされる方が多くいらっしゃるので、導入のしやすさを考えて「FUJITSU Network PW300スターターキット」を去年末に提供開始しました。標準構成ではIAサーバを3台から構成していたものを1台のIAサーバに集約して実現しました。収容ユーザー数は限られますが、スループットなど性能面では標準構成と同様に使えます。5GC、CU、EMS 3つのソフトを一体化して1台のサーバで動かすもので、導入のしやすさを重視したものです。
実証など、どういう形で使えるのかテストをしてみたいという方はスモールスタートで始めたいとおっしゃるので、そういった方々に向けた製品となります。
スモールに始め、そこから拡張していきたい、あるいは実際に商用で使いたいといった場合には、ハードウェアとソフトウェアの追加で「PW300」の標準構成にすることでき、スムーズに拡張ができます。スターターキットで終わらないというのが特徴になっています。
同昨年末にはコアをクラウドに置くタイプのサービスも提供を開始しています。
また、「すべて自分で構築するのは大変だ、免許を取るのも専門の知識が必要で対応が難しい」という方も多いので、そういうお客様に導入から運用までを支援する「プライベートワイヤレスマネージドサービス」を提供しています。ローカル5GだけでなくプライベートLTEもカバーしたサービスとなっています。
農業、ガス、鉄道、建設、文教、工場などの事例
――ローカル5Gの導入事例について状況を教えてください。
上野 我々は「5G Vertical Service事業部」で5Gを活用するユースケースを開発し、市場を立ち上げていくこともやっています。
これは、総務省実証で、鹿児島の堀口製茶様で行ったものです。お茶畑で、お茶の葉を刈り取る機器ですが、この遠隔制御にローカル5Gを使っています。またドローンで撮影した映像から、生育状況を高速に分析することにも活用しています。それにより省力化、現場に行かずに済み、作業を軽減することができます。
これは広島ガス様などと行った実証です。プラント内にロボットを巡回させ、そのロボットに積んだ4K、赤外線、近赤外のカメラの映像をローカル5Gでエッジコンピューティングサーバに送り、ガス漏れを検知します。ロボットを活用することで、一日の巡回数を増やすことでき、安全性をより高めることができます。
こちらは東急電鉄様の線路巡視業務の実証です。線路巡視は線路を歩いて人が検知しているので、電車が走っていないときにしかできない危険な作業です。そこで、電車にカメラを搭載し、走っている間ずっと監視するようにしました。駅のホームにローカル5Gのアンテナを設置し、近づいてきた車両から大量の映像データを高速に伝送します。取得した映像から線路に異常がないかを検知できる仕組みです。これにより運行時間内に線路の異常が検出できるようになります。
また、現在は駅のホームで車両のドア開閉を駅員等の人が判断していますが、高画質カメラで撮影してAIを活用してドアの開閉判断を行う仕組みも実証しています。
これは西松建設様のトンネル工事における機械の遠隔操作の実証です。遠隔操作室のコクピットから、トンネルを掘る際に出た土を運ぶホイールローダを操作しているものです。掘削現場での作業は危険を伴いますが、映像を見ながらより安全な場所で操作するという実証になっています。
都立大学様では、授業はもちろん研究開発から様々な形で多面的に活用しようと、コンソーシアムを組んで進められています。様々な端末を利用するので、スマートフォン、パソコン、ドングルなどラインナップを増やしています。
富士通は元々メーカーですので工場でどのようにローカル5Gを活用できるか、社内実践しています。1つは作業を間違えたら知らせるもので、高精細な映像を使って骨格検知や物体検知をして、例えばネジを何個、どこに付けているかを認識しているものです。間違ったらアラートを上げて教えます。カメラを設置するだけで、ケーブルもいらず、工場の込み入ったネットワーク設定の変更も不要という良さがあります。
また、作業者の稼働分析も行っています。人の動作を映像でセンシングして「どの場所で、どういう作業を何分何秒やっています」ということを把握して、最適な製造ラインになっているかをシミュレーション結果に照らし合わせています。動線が効率的になっているか、製造ラインの作り方などの最適化に活かすことできます。デジタルとリアルの連携、サイバー・フィジカルシステムと呼ばれていますが、まさにその仕組みを作り上げているものです。これがDXにつながっていくと考えています。
この実証を進め、近々サービスとして出せるように取り組んでいます。
――いろいろな産業分野にわたりますが、いずれもローカル5Gの特徴を生かした事例ですね。
上野 はい。我々は「ローカル5Gパートナーシッププログラム」を立ち上げ、参加頂いているパートナー企業と様々なローカル5G活用ソリューションを作っていこうと取り組んでいます。1つのプログラムとして、「ローカル5Gにつながるデバイスを増やしましょう」ということで接続検証を行っており、PW300と接続できたことを弊社HPなどで紹介させていただいています。
事例にも出てきた端末は、USBカメラに直接つないで映像を伝送できるという特徴を持った画像エンコーダが入ったデバイスです。モバイルルータプラスアルファの機能を持っています。パソコンも、eSIMを使ってキャリアの5Gとローカル5Gを切り替えて使えるような機能が入っています。外に持ち出した時はキャリア5Gが使えます。あとはスマートフォンや、24時間の稼働に耐えられるAI対応のカメラもあります。広角レンズを外付けできるようなタイプで、広い範囲の映像分析が可能です。先ほどの工場も、こういう製品をポンと付けるだけで、映像分析ができるようになります。ローカル5G内蔵デバイスがもっと増えるよう活動しています。
現場とコンピューティングリソースを結ぶワイヤレスの役割
――「Open RAN」の取り組みも進められていますね。
上野 バルセロナで開かれた「MWC2022」で、通信事業者向けにオープン化した5G仮想化基地局を発表しています。O-RAN対応で仮想化が特徴になっています。
5G仮想化基地局は、クラウド化された共有リソースを用い、必要最小限の消費電力で稼働します。ユーザー数が増えたら、リソース制御により稼働設備を増やすことが容易にできます。逆に、夜間の停波などで消費電力をゼロに近づけることも可能です。ユーザーの稼働とアプリケーションの利用状況を予測し、余剰なリソースを削除するコントロールを、AIとデジタルアニーラが行います。リソースを人口に合わせて配分することで低消費電力を実現し、従来型の基地局システムと比較してCO2排出量の50%以上削減が可能です。
「デジタルアニーラ」は量子コンピュータの技術から着想を得た、膨大な組み合わせの中から最適な解をいち早く見つけ出すことができる富士通独自の技術です。ユーザーの数はエリアの中で変動し、通信量も変わってくる中で、一番効率のいい基地局と無線装置の組み合わせを導き出すことができるのです。
――5G、ローカル5G、Wi-Fi とワイヤレスはますます重要になっていると思います。これからの役割はどうお考えですか。
上野 ワイヤレスがなぜ必要かという話ですが、企業ではもともとデスクトップパソコンを有線LANで繋いでシステムを構築していたわけですが、それがノートパソコンに代わりWi-Fiや携帯網でワイヤレスに繋がることで働き方が大きく変わりました。さらにスマートフォンができ、いつでもどこでも必要な情報が入手できるようになりました。車の自動運転が進化し、そのため3D地図データをリアルタイムで利用するような世界に変わってきています。これらはすべてワイヤレスだからできるようになったわけです。私たちは、ワイヤレスはダイナミックな変革に対応できるものと捉えています。
企業は一面ではコンシューマより保守的な部分がありますが、人手不足やコロナ影響など今は変革をしなくてはならない状況であると考えています。人手不足にどうAIで対応するのか、どのように自動化していくかが突き付けられています。AI分析や自動化を行うには強力なコンピューティングリソースが必要になります。現場とそのコンピューティングリソースをつなぐと時に、有線だと限られた動きしかできない。しかし、無線だと、それが一気に実現可能となります。そこが無線=ワイヤレスのいいところなのです。
――「現場とコンピュータリソースをつなぐにはワイヤレスだ」ということですね。
上野 そうです。大きなデータを処理していくには通信経路となる土管も太くないといけない。しかも、映像はジッターという遅延の揺れの影響を受けやすい。こういうジッターの少ない通信が今後は求められていくと考えると、自前で持つ「プライベートネットワーク」が必要になってきます。多少途切れても良いのであればWi-Fiの方がコストパフォーマンスが高いでしょう。映像を撮影しながら動き回るようなユースケースだと5Gとかモバイルの技術が必要になってきます。そういったユースケースに合わせて、それぞれの無線の使い分けをしながら、現場をエッジコンピューティングで、またクラウドにつないでいく、そこに「プライベートワイヤレス」が活用され、活きてくるのだと思っています。
――それは分かりやすいワイヤレスの役割ですね。
上野 もう一つ大事なのはソリューションです。ソリューションがないところにネットワークだけがあっても仕方がないので、私たちはバーティカルサービスでネットワークをどう使っていけるかを創造していきたいと思っています。
ソリューションをどう使うのか、どうネットワークでつなげるのか重要で、ローカル5Gビジネスを通じて2年程お客様と向き合ってきたなかで、現場で大事なのはエッジコンピューティングだと痛感しました。そこで、エッジ&クラウドのサービスを立ち上げました。プライベートワイヤレスマネージメントサービスの「エッジシステムサービス」として去年12月からサービスを開始しています。
――ユーザーから見て、クラウドだけでもない、オンプレだけでもない、エッジクラウドということがとてもパワーを持つのだということですね。
上野 現場に近いところでリアルタイムやセキュアに分析/制御するところはエッジでやるのことが極めて有効だと思います。経営層は別の場所にいたりしますので、状況を俯瞰してみるとか、時間をかけてもう少し分析したいところはクラウドを使う。そういったシステムを構築できるサービスをやっています。ローカル5Gだけでなく、プライベートLTEやWi-Fiを使っているお客様にも、情報を集めてエッジで処理していくユースケースで、様々なアプリケーションに高い応用が利くものと考えています。
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