トップインタビュー
アイコム株式会社
代表取締役社長 中岡 洋詞 氏
データに加え音声も含めた
Wi-Fiのトータルメリットをお客様に
アマチュア無線機をはじめ陸上・海上・航空用無線機、IP無線機、衛星通信無線機など総合無線機メーカーとしてグローバルに展開しているアイコム。中岡 洋詞代表取締役社長に、激動する市場のなかでビジネスの見通しと事業の重点、ワイヤレスビジネスの展望を尋ねました。
–コロナが依然、収束の気配がありません。また、ウクライナ戦争で世界が激動しています。そういう中で御社はグローバルに総合無線機メーカーとして活躍していらっしゃいますが、ビジネスはどういう状況にあるのか、また今後の見通しについて、教えてください。
中岡 コロナ禍に関わらず、現在のグローバルな情勢のなかでいろいろなマイナス要因があると思います。当社は、基本は無線技術でビジネスを進めているメーカーですが、市場のなかで主な分野が陸上業務用無線通信機器、アマチュア無線通信機器、海上用無線通信機器、航空用無線通信機器、ネットワーク機器など5つほどあります。コロナ禍で、ビジネス分野は落ちていますが、趣味の分野、例えばアマチュア無線やプレジャーボートのマリン部門などは、かえって巣ごもり需要ということで需要が旺盛になったような市場もあります。どこかが落ちるとどこかでカバーできるというようなことがあります。幸いにも当社は、そういうバランスに助けられているところがあると思います。
ウクライナの件に関しては、2月24日に最初の侵攻があった日に、すぐにロシア向けとベラルーシ向け、さらに念のため近隣の国への輸出はすぐに止めました。ただ、そこでの商売はそんなに多くなかったので、マイナスの影響はほとんどない状況です。
一方、コロナやウクライナと並んで心配なことが半導体の不足です。当社のようなデバイスメーカーに回ってくるのは、車、家電、その次のような感じなので、結果として影響を受けるのもまた回復するのも両方が遅れてくる感じだと思います。幸い当社は市場流通品を多少高くても買って、とにかくお客様の要望にお応えできるようにということでやっておりますので、その点、一般のところよりは影響が少ないのではないかなと思っています。
最後は円安、これもどのメーカーもどの会社もいろいろと考えられると思いますが、当社の場合は今、ドル建てで出しているものとドル建てで仕入れているものがほぼ均衡しておりまして、影響は比較的少ないのではないかと思っています。ですから、全般に見まして当社は恵まれていることが多いのではないか、苦しい面もたくさんありますけれども、今、申し上げたようなことで、いくらかは影響が少なめだということが言えるのではないかと思います。
IP無線分野の新しい事業を伸ばす
–今年の事業戦略と重点を教えてください。
中岡 まずコアビジネスを伸ばすことです。無線機器・システムの販売事業をさらに進めていきたいと考えています。あとIP無線分野、いわゆる課金ビジネスです。当社にとっては新しい分野ですが、日本国内ではある程度のシェアが取れておりまして、かなりの数まで伸びています。海外で、それを伸ばしていきたいと考えています。
海外にはいろいろな事情があって、キャリアさんの問題もありますし、各国のレギュレーションの問題もあって、なかなか伸び切っておりません。現地法人がアメリカなど主要国にはありますが、そこから例えばメキシコとかをハンドルさせるというように持っていきたいと考えています。当社からいろいろな国に手を出すのではなくて、現地法人からの販売を拡充させる方策を採りたいと思います。
特に課金ビジネスは該当の国に会社がないとビジネスができないという国が多くありますので、小さい会社をつくって、そういう商売ができる土壌をつくる、土俵に上がるということをやった上で、IP無線での商売を伸ばしていければ、月々の収入もありますし、安定した収入につながりますので、そちらを伸ばしていきたいと思っています。
–IP無線は機器・システムを販売するのかと思っていたんですけれども、課金ビジネスというのはユーザー例えば病院や工場などにIP無線システムを提供して利用してもらう、そこで課金をいただくというイメージですね。
中岡 そうです。当社は現地法人と並んで販社さん、特に資本関係のない販社に出している国が多くあります。そこを現地法人に人を増やしてでも、近い国のビジネスを伸ばしていきたいと思っています。例えばアメリカからメキシコ、アメリカからカナダ、アメリカから中南米、あとドイツにも現地法人がありますので、そこから近隣の国、東欧も含めて、あとオーストラリアからオセアニアの小さい国々にというようなことをやっていこうと思っています。そうすることで、グローバルに課金ビジネスを定着させていき、現地法人を育てていきたいと考えています。
–先ほど「5つの分野」とおっしゃいましたけど、コアビジネスのアマチュア無線機器、業務用無線機器のところでは、今年はどういう方針でいかれるのでしょうか。
中岡 後継機が出てくるのは新製品です。それにいかに付加価値を持たせ、前の世代と違ったものにするかというのは、全般に努力しないといけないところだと思います。当社はアマチュア無線で創業した会社です。他社が出していない非常に高い周波数の新製品とか、いわゆるエクスペリメンタルでやるようなところを当社で量産できないかとか、そういうことを考えています。
–そこは御社の独壇場というか非常に強い領域ですよね。
中岡 そうですね。アマチュアの中でも周波数帯、ハンドヘルド、固定機によりますけれども、全般には強いほうだと思っています。
ただ、アマチュア無線機器市場自体を考えますと衰退しているマーケットであり、どこもアマチュアの人口は減っております。2つだけ増えているところがありまして、ハム人口(アマチュア無線人口)が増えているのはアメリカと中国だけです。その2国が非常に人口の大きい国で、伸び代はまだあるのではないかと思っています。
5Gの新しい活用に挑戦
–昨今、5G、ローカル5G、Wi-Fi 6、IoT関連のLPWAなどの技術が進み、日本の社会全体がワイヤレス、モバイル、無線に対して注目が集まっていますし、DX推進の要素としても非常に注目されていると思います。無線技術分野の技術的な発展や今後のビジネスの伸びなど、どういう期待を持っていらっしゃるのでしょうか。
中岡 我々はワイヤレスの専業メーカーで、これまでもLAN製品やIEEE 802.11対応の製品などをずっと出していますので、今の時代はとてもチャンスがあると思っています。
5G、ローカル5Gでは、ゲートウェイも発表しております。製品発表を通じて、さらに実際のアプリケーションやお客様のニーズなどをこれからさらに拾っていけるのではないかと思っています。
クライアントが5G網につなぐためのゲートウェイ装置です。Wi-Fiアクセスポイントとしても機能します。トランシーバーの世界に向けても今、5Gの可能性ということで、いろいろと試行錯誤をしながら始めています。
–トランシーバーも5Gで活用するということですか。
中岡 IoTというとセンサーがネットワークにつながるというイメージですが、IoTの役割は単にそれだけではなく、多くの異なるデバイスをつなげていく世界がIoTであり、そういう広大な世界を包含しているものと考えています。一般にIoTは無線機は別のジャンルと扱われていると思いますが、むしろ無線機をIoTデバイスとして積極的に位置づけ、活用することにより大きなスケールでデジタルトランスフォーメーションが実現するのではないかと構想しているのです。
–音声通話もできる無線機をIoTのデバイスに位置づけ直すということですね。
中岡 センサーなどと同じような位置付けにすることで大きく開けてくるのではないでしょうか。これは国の電波法に係ることですが、緊急防災のときに当然ながらそういったものが使えないと煩雑な指示系統になりますので、そこら辺を融合していくことが1つの鍵になるのではないかと考えています。
–防災といえば河川の水位センサーなどがIoTの好例として進められていますが、もっと大きい意味でいろいろなデバイスをIoTの中に位置付けて運用していくことが国としてDXを推進するということですね。
中岡 そういう方向こそがDXの現実の具体化ではないかと、私どもは考えております。
Wi-Fiのトータルメリットへの取り組み
–よく分かりました。そうしますと、5G、ローカル5G、Wi-Fi、IoT関連、無線機、これらの分野のなかで、既存のビジネスと新しいビジネス、それぞれどういう配分で行かれるのでしょうか。
中岡 コアビジネスはどういう配置でどういう製品ができるかということは読めますので、あまり心配していません。新しい事業は当社にとって全く新しいものもありますし、リソースをどこまでかけるか、どれほどのリターンが期待できるか、それは慎重にやっていかないといけないなと思っています。
当社は今まで自前主義といいますか全部を自社でやろうとしてきましたが、例えばソフトウェア部分の開発、アプリケーションなどは外注に出す、そういうことも含めて柔軟にやっていかないといけないと考えています。
–早くからWi-Fiへの取り組みを進めておられますが、Wi-Fiも6や6Eなど新しい領域に入っていると思います。Wi-Fi分野での今後の取り組みについて教えていただけますか。
中岡 今はWi-Fi 6が世の中で主流です。弊社は製品で遅れている面もございますが、これは先ほど申しましたデバイス調達の関係で一定量確保できにくいという状況が起こっておりますので、戦略的に後出しをしようということにしているからです。
弊社の場合、Wi-Fiはコンシューマ向けビジネスはやっていませんので、法人向けはどうしても安定供給がキーになってきます。ですので、場当たり的に物を出すことは避けるという営業的な観点からまだ影を潜めさせていただいているという状況です。
私どもは音声通信を得意とするメーカーで、Wi-Fiを使ったトランシーバーシステムもやらせていただいております。先ほど課金モデルのLTEのお話をさせていただきましたが、それのローカル版になりますが、ユーザーのWi-Fi環境下でシステムを全部構築させていただいて、ユーザーのニーズに応じて使っていただくトランシーバーシステムを持っております。
–それは他社にない独自領域ですね。
中岡 ユーザーとすればWi-Fiのアンテナを利用して、パソコンやタブレットを使うだけでなく、私たちのデバイスを追加していただくことで、Wi-Fi環境下でお客様のありとあらゆるものがつながっていく、これも1つのDXだと思います。こういったところに早くから注力しておりまして、この部分はさらに進め、電話を含めお客様が必要とされる通信に係るものを多く取り込んでいけるよう仕掛けていきたいのです。アンテナだけではなく、アクセスポイントだけではなく、トータルな形でWi-Fiの世界に関わっていきたいと考え進めています。
–そこは重要なところですね。アクセスポイントのスピードや性能に目がいきがちですけど、ユーザーにとっては使うのは端末ですから。そこで、アプリケーションをこなし、ソリューションが実現されるわけですからね。
中岡 そうですね。もちろん、新しい規格をどんどんお客様に訴求していくことは必要なことですが、Wi-Fi 5ぐらいで一般の方が使っていただいても何もお困りにもならない性能が担保されてきていますので、単にアンテナとしてのみ以外の機能を持ったものとして使っていけるシステムを多数ラインナップしてご提供できればと思い、やらせていただいております。
–DXの推進ということが日本の企業・自治体、社会のなかで問われています。業界としてもDXをどういう形で進めていくのかということが問われていると思います。御社はどういう取り組みをされているのでしょうか。
中岡 大手企業がやっていることに当社が張り合おうと思ってもなかなか難しいと思うので、当社が持っているワイヤレス技術と同報性のある音声通信技術を生かしたユニークな市場を狙っていくべきだと思っています。
社内的には、当社は和歌山に2つ工場があるんですけれども、そのうちの大きいメイン工場に、5Gでスマートファクトリー化を目指して取り組みを進めているところです。
–工場のラインに5Gシステムを入れて活用していくということですか。
中岡 そうですね。最初から大掛かりな最先端のことをやるというよりも、今自動で動いている運搬用のロボットで不感地帯があるので、5Gを導入しそれを活用することで補完し、スマートファクトリー化できないかと取り組んでいます。
そして、この和歌山の工場でやっていることを1つのビジネスモデルとして、少量多品種でやっている工場にシステムとして販売できないか、そこも視野に入れながら、まだ実験段階ですけれども、そういうことをやろうとしています。KDDIさんと話をし始めたのは、2年ぐらい前だと思います。その運用が始まったところです。
Wi-Bizへの期待
–Wi-Bizは10年目を迎えて新しい出発が始まります。これまでの成果、今後の役割と期待ついて、いかがでしょうか。
中岡 Wi-Bizには設立当初からお世話になっております。私どもは00000JAPANの対応製品を作らせていただくにあたっても、いろいろとご支援をいただきました。私たちのWi-Fiのビジネスは、802.11が日本でスタートしたときから比較的早く参入させていただきまして、絶え間なく進化する全ての規格に対応する製品を作っています。
Wi-Biz発足以降、多くのプレーヤーが参入し、メーカーが増えてきました。Wi-Fiシステム構築ベンダーを含めて、いろいろな方が参画する中で、年々増え、今後も増えていくと考えています。その中で感じるのは、間違った情報が流通していたり、アンテナが普及していくなかで混信という問題が起こってきたりしています。
こういった、お客様に対しての正しい情報の周知は、Wi-Bizにやっていただいていますが、さらなる注力をいただいて、業界団体全体がスムーズに進めていけるように取り組んでいただきたいということです。
もう1つは参画するプレーヤー同士が集まれる場ですので、皆さんから持ち寄られた貴重な情報を集めていただいて、さらに分配いただいて、参画プレーヤー全員がうまく回っていけるような仕掛けをさらに施していただきたいと感じています。
併せて00000JAPANですが、これは非常に認知も上がってきているかと思います。これをさらに啓蒙を続けていただきまして、全国民といったら大きいですけれども、残念ながら日本は昨今災害が増えてきていますのでさらに取り組んでいけたらよいなと思っています。
私たちが作って販売させていただいている製品が、国民の皆様の安全に役立つように使っていただければ、製造側としても非常にありがたいことですので、00000JAPANの啓蒙活動をさらにより一層注力いただきたいというふうに期待しております。
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