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Wi-Biz設立10周年記念講演
「ワイヤレス × 共感 × テトリス設計」
東京大学 大学院 工学系研究科 教授 森川 博之 氏
6月6日、無線LANビジネス推進連絡会の設立10周年記念式典が東京ドームホテルにおいて開催され、東京大学 森川 博之教授の記念講演「ワイヤレス×共感×テトリス設計」が行われました。講演要旨を掲載します。
ご紹介いただきました森川です。私がなぜ立っているのかというと、2012年に設立されました「無線LANビジネスビジネス研究会」の会合で、座長をさせていただいておりまして、そういった背景から本日、お声をおかけいただきました。
まず初めに、設立10周年、おめでとうございます。無線LANビジネス推進連絡会は、無線LANビジネス研究会がきっかけとなっています。当時、桜井さんが通信基盤局長で、先ほどご挨拶された竹内さんが電波政策課長でした。
1回目の議事次第の中に「関係者からのプレゼンテーション」でNTTBPがあります。NTTBPのプレゼン枠が15分で質疑応答が7分というスケジュールでしたが、当時NTTBPの小林忠男さんの強い想いのプレゼンがとても印象に残っています。少なくとも30分程度はお話されたのではと思います。想いのこもったプレゼンでしたので、途中で遮ることができませんでした。
小林さんが「今日は感無量です。十数年、やってきましたが、初めて総務省に声を掛けられて、このような場面で話をさせていただく機会をいただきました」といった内容をお話されたことを記憶しています。
この研究会とは別に小林さんの言葉で僕が印象に残っているのは、その当時のNTTBPの社員の人たちに対して、「アメリカの西海岸に足を向けて寝るな。今、我々があるのはGoogleとAppleがあるからだ。絶対にアメリカの西海岸には足を向けて寝るな」というものです。皆さんもご案内の通り、小林さんの無線LANビジネスへの想いはとても強く、素晴らしいということを、10周年の今日、あらためて思い出させていただきました。
制約がなくなる世界
今日は、ワイヤレスのこれからに関して、お話ししようと思います。
ワイヤレスは、5Gを含めて、「制約がなくなる世界」を創っていくためのテクノロジーだと思っています。我々は生活している、あるいは仕事をしている場において、いろいろな制約があります。この制約が一つ一つなくなっていくことで、場所の制約がなくなることになると思っています。
とは言え、「市場は立ち上がるのか」、ここが悩ましいところです。お金が流れないと設備投資もされないし、産業としては発展していきません。
このようなことを考えたいたとき、『スマート・イナフ・シティ』の書評の依頼が日経新聞から連絡がありました。この帯には「テクノロジー企業の安請け合いによる夢の技術に踊らされてはいけない」とあります。
この本は初めから最後まで「テクノロジー主導のスマートシティは全て失敗している。ダメだダメだ。結局、顧客の価値に結び付かない。テクノロジー企業にはだまされるな」ということをとうとうと語っています。ここまで語られるとすっきりしますが、とても重要な視点かなと思っています。正直なところ、スマートシティは今、日本でもいろいろとありますが、うまくお金が回っているスマートシティはありません。
イノベーションは4つに分類されるといわれています。Routine innovation、Disruptive innovation、Radical innovation、Architectural innovationです。水平軸が今ある技術力を使うか、新しいテクノロジーを必要とするのか、垂直方向が今のビジネスモデルをそのまま使うのか、新しいビジネスモデルを創出するのかという分類です。
今、たぶん私たちに必要なのはDisruptive innovationだと思います。新しいビジネスモデルを考えて、お金が回る仕組みをつくっていかなければならないと思っています。諸先輩方に頑張っていただいたおかげで、テクノロジーはいろいろなところに既にあります。テクノロジーを使えばいろいろなことができるのですが、ほとんどはPoCで終わってしまい、Disruptive innovationまでたどり着かないことが今の喫緊の問題なんだろうと思っています。
なお、Routine innovationはとても大切です。これはずっとやり続けないといけません。どうしてもRadical innovationやDisruptive innovationなどに目がいってしまいますが、実はビジネスとして一番金を稼ぐのはRoutine innovationです。例えばインテルだったら386以降のプロセッサーはRoutine innovationでのビジネスです。Appleも同じです。お金を稼ぐ中核がRoutine innovationですので、これも大切なのだということを踏まえながら、Disruptive innovationを考えていかなければいけないと思っています。
そうはいっても、Disruptive innovationにつなげることは容易ではありません。私も、いろいろなPoCはやりましたが、価値の獲得につながる、お金につながるところまではまったくできませんでした。例えば、IoT、古くはユビキタスという言葉で、「センサーをいろいろと付けると嬉しいよね」という時代に、水田や橋や道路にセンサを取り付けて価値創出を目指したプロジェクトをいろいろとやりましたが、残念ながらお金のにおいがするところまではいきませんでした。ないよりはあった方が良いのですが、それに対して誰もお金を払ってくれないのです。そういうときに「LifeStraw」というものを知りまして、これは参考になるかもしれないなと思いました。
これはどういう会社かというとフィルターを作っている会社です。泥水をフィルターを介して飲めば飲料水になるという、水のフィルターを作っている会社です。この会社が、アフリカにフィルターを無料で配っています。アフリカで無料で配っているのは、実はビジネスなんです。どういうことかというと、排出権取引と絡めています。フィルターがなければ、林や森に行って木を伐採して、木を燃やして水を蒸留していました。CO2を排出していたのです。フィルターとCO2排出権とを結びつけたことで、無料配布でも収入を得ることをできるようにしました。
いわゆる第三者からお金を得る広告モデルです。センサーでも同じような仕組みを考えることができれば、センサーを普及させることができ、スマートな社会に寄与できると思ったのですが、第三者を思いつかず終わってしまいました。
デジタルエコノミー時代の価値創造
これからの価値創造は、僕はテトリスのパーツを組み合わせるところで生まれてくると思っています。
それぞれのパーツが、会社であろうが、人であろうが、テクノロジーであろうがいいのですが、これをくるくると回転させて、ぽこーん、ぽこーんと当てはめるところ、そこに価値が生まれる時代に入ってきているのではないか。AIもそうで、うまくやったなと思うものがマイクロソフトです。OpenAIというパーツをぱっと当てはめたわけです。僕らから見ると、諸外国の企業はパーツをくっ付けるところが、めちゃくちゃうまい。それに対して何となく日本はパーツに注力し過ぎるところがあるような感じがしています。11ahもパーツなわけです。パーツを使ってくれる人たちを振り向かせて回転させて、うまくくっ付けていく。そこが価値の生まれるところなのかと考えています。
パーツは何もしないと回転してくれません。回転してくれないと価値がない。回転させることが重要です。どういうパーツを組み合わせて、どういうパーツをピックアップしてきて、それぞれにどのように回転してもらうのかというところを考える人たち、そういう人たちをもっと増やしていくことが大切なのではないか。繰り返しますが、少なくとも僕から見ていると、これがアメリカの企業はめちゃくちゃうまい。極論をしてしまうと、GoogleやAppleは自分たちでパーツをつくっていません。全部外からパーツを持ってきています。それがめちゃくちゃうまいなと思っています。
無形資産とデジタル
なぜテトリスのパーツを組み合わせるところで価値が生まれるようになったのか。これのキーワードはたぶん無形資産だと思います。1つ目が無形資産で、もう1つがデジタル。この2つがテトリス型でパーツを組み合わせるところで、価値が生まれるような時代になっていったんだろうと僕自身は思っています。
1つ目の無形資産は、ご案内の通りですが、独り占めすることができません。昔は工場の中に最先端装置があったら、その装置は自分の会社だけしか使えませんでした。有形資産は独り占めして独占することができました。無形資産になると、知財を守っても抜けがありますので、独り占めすることができません。そうすると全世界に転がっている無形資産を、どう目利きして、どうくっ付けるか、それが重要になってきているのかなと思っています。
僕が若いころは、「日本は物まねだから、まねすることがめちゃくちゃうまいから、うんぬん」と自虐的なコメントが多かったのですが、よくよく考えるとアメリカだって、みんなうまくまねしています。ウーバーもそうです。ウーバーはサイドカーのビジネスモデルをまねしました。あとGoogleのクリック課金もGoto検索エンジンをパクったわけです。まねすることを彼らはうまくやっているんだろうということで、1つ目が無形資産。2つ目はデジタルなので、いろいろなものがつながってきた、ステークホルダーが増えていったことが大きいのかなと思っています。
そういった観点で、いろいろなパーツを組み合わせて価値を創っていく時代に入ってきたように感じています。
そうだとすると、大企業が強みを発揮できます。大企業は自分の会社内に、膨大なパーツを有しているからです。スタートアップや中小企業は1個とか数個のパーツしかないので、それだけだと多くのパーツと結びつけるのが大変です。そこで僕は大企業主導型のイノベーションの時代が、これから来るのではないかということを凄く期待しています。
かなり無理やりですが、「イノベーションの歴史は50年単位だよ」ということで、いつもお話ししています。1870年代ぐらいから個人発明家のイノベーションの時代でした。1920年代から大企業の中央研究所のイノベーションの時代になって、そして1970年代はVC主導のイノベーションの時代になりました。そう考えると50年単位なので、2020年です。これから大企業主導型イノベーションの時代に入っていくのかなと思っています。
テトリス型価値創造人材
こういったときに、どういう人たちが大切になるかというと、いろいろなところに転がっているパーツを目利きして、それを組み合わせていく人たち、そういった人たちをもっと増やしていかなければいけないんだろうと思っています。例えば、NTTドコモのアグリガールです。これは衝撃でした。
彼女たちはゼロから50億とか100億の市場をつくっています。テトリスのパーツをうまく組み合わせているのです。NTTドコモ社内のパーツをうまく使いながら、JAのパーツ、中小企業のパーツ、畜産農家のパーツを使いながら、うまく組み合わせている。これを拝見して、こういう人たちがテトリスのパーツを組み合わせる人たちになっていただけるのかもしれないなと痛感しました。
あの経営学者の野中郁次郎先生も大絶賛しています。「彼女たちこそイノベーションの本質を実践している」と言われています。野中先生も言われていますが、「利他」と「共感」が彼女たちの強みです。パーツを組み合わせるために、パーツ一つ一つに共感しないといけません。また、パーツに対して何かを与えなければいけません。与えない限りパーツはくっ付いてくれません。相手に共感して、相手に与えて、利他で一緒になってビジネスすることを自然にやっているチームです。こういう人たちもテトリスのパーツを組み合わせる人材として1つの候補になるのではないかと思っています。
アグリガールがきっかけとなって、総務省に支援いただいているIoTデザインガールというプロジェクトが6,7年ほど前から続いています。毎年40社・50社から1社1名ずつ出てきていただます。彼女たちがテクノロジーと顧客をつなぐ人になっていただけると、とても嬉しいです。
5Gのガイドブックも作成いただきました。彼女たちのような方々と一緒に議論していくような場がとても重要なのではと思っています。
多様性が「気づき」「共感」につながる タスク型ダイバーシティ
イギリスのFinTechベンチャーのタンデムバンクという会社が作ったビデオがあります。イギリスのパブが銀行の窓口のようにサービスをしたらどうなるのかを、実際にやったところを映した映像になります。
今、お客さんがコーヒーを注文しようとしたら、「まず初めに番号札を取ってください」から始まって、それで自分の番号が来て「コーヒーをお願いします」と言ったら、お店の方が「コーヒーの担当者を呼んできます。少々お待ちください」と言って、待っている間にはアンケートを書かされて、その最後の支払いの段になったらコーヒー代金に加えて手数料まで取らされたということを、実際にやったものを映した映像です。
これを見ると当たり前だと思っていたことが、がらがらと崩れるわけです。これを見てから議論すると、「銀行は何でこんなふうになっているんだ。新しいやり方ができるんじゃないの?」という、いろいろな気づきが得られます。私もそうですが、これを見るまでは一切そんなことを考えもしませんでした。おそらく私たちの周りには、このように気づいていないものが、膨大に転がっているように思います。
ピーター・ドラッカーは「イノベーションに対する最高の賛辞は、なぜ自分には思い付かなかったのか」と言われています。イノベーションは、言われてみれば当たり前のことなのです。しかし、それに気づかない。
気づく確率を高めるためにはどうすればいいのかというと、いろいろなバックグラウンドを持った方々が集まることなんだろうと思います。同じような人たちだけが集まっていたら、どうしても固定概念・既成概念から抜け出せませんが、いろいろなバックグラウンドを持っている方々が集まり、フラットに議論する中から、いろいろな気づきが得られることになるんだろうと思います。
Googleのカスタマーサクセスチームのリーダーだった方のブログがあります。カスタマーサクセスチームの人材として、どういう人材を採用するのかを記したブログです。「テクノロジーに疎い人」と明言されています。テクノロジーに疎い人と天才技術者とが同じ土俵でフラットに議論できているとしたら、組織としてもの凄く素晴らしいなと思いました。このような場から、おそらく気づきは生まれてくるんだろうと思っています。
すなわち、バックグラウンドが異なる人たちが集うようなタスク型ダイバーシティが大切だと感じています。このような場を意識的につくっていくことが次につながっていくのかなと思っています。
スマートシティでいうと、デンマークでは小学生、中学生も交ぜて議論しているとのことです。正直なところ小学生や中学生と話したところで、いいアイデアはおそらく出てこないと思います。しかし、このような場をつくっている。何かしら新しい気づきが得られるかもしれない、そういうことを期待してなんだろうなと思っています。いろいろなバックグラウンドを持った方々がフラットに集うような場をつくっていく、これが最終的には近道になるのかなと思っています。
最後にスペースXで話を締めさせてください。ご存知の方も多いと思いますが、スターシップという新しいロケットを打ち上げたときの実況中継したビデオです。結局、うまくいかず失敗したのですが、ロケットが爆破された後、スペースXの社員たちが「おーーー!」と歓声をあげている映像が出てきます。説明者も、悲しむ様子もなく「素晴らしいデータが得られました」とニコニコしながら話をしています。これを僕らはぜひできると良いですよね。例えば、ahもうまくいかなかったら「おー!」とやって、繰り返していくと次につながっていくんだろうと思っています。
話がかなり行ったり来たりしましたが、タスク型ダイバーシティで新しい気づきを得る確率を少しずつ高めていきながら、新しい価値の創出、獲得につなげていくことが重要かなと思っていますので、ぜひWi-Bizもいろいろな方々を巻き込んでいただくような活動を一方でやりながら、うまくいかなかったら、うまくいなかったことで「おー!」とやりながら、次につなげていくことを凄く期待しています。
あらためまして創立10周年、本当におめでとうございます。ありがとうございました。
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