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トップインタビュー
シスコシステムズ合同会社
代表執行役員社長 濱田 義之 氏
すべてをセキュアにつなぐ戦略
ワイヤレスの役割は補助から中心に
1月にシスコシステムズの新社長に就任した濱田義之氏を訪ね、インタビューを行いました。濱田氏は、「セキュリティ、サステナビリティ、AI」の3つの重点を打ち出し、すべてをセキュアにつなぐことがキーコンセプトと述べました。また、Wi-Fi、ローカル5Gなどプライベートワイヤレスの新たな役割とその重要性を強調しました。
ノーマルなビジネス状況になってきた
–コロナは収束してきていますが、国際情勢は激動が続いています。日本経済もデフレ脱却へまだまだの状況です。ICTビジネスについて、どのような見通しですか。
濱田 グローバルでいうと、お客様のIT投資に関しては復調してきていると思います。コロナ禍や戦争などの状況下では、半導体の危機などがあり、まとめ買いが起きたりして、需給バランスが歪んだ形でオーダーをいただいていた時期もありました。しかし、世界的に見てもようやくノーマルな状態に落ち着いてきたと感じています。
–日本の市場についていかがでしょうか。
濱田 グローバルにはノーマルな状態になり、ITに対する投資は全世界共通ですが、とても旺盛だなと感じています。日本もDX、デジタル変革という点でいうと、IPAが発行する「DX白書2023」では、2021年から2022年にDXに取り組んでいる企業の割合が55%から70%に増加しているように、着実に進展しているとみています。
ただ、北米・欧州と比べると、必ずしも日本が進んでいるとは言えません。例えばスイスのビジネススクールのIMDが発表した2023年世界デジタル競争力ランキングでは、日本は32位です。その前の年は29位でしたので、順位が落ちてしまっています。調査対象が世界の主要64か国/地域ですので、日本は主要な国の中で中間的な位置にあり、スピードの観点から見ると若干遅れ気味なのかなと思っています。
日本の成長に関していうと、ICTに関する力が極めて重要だと思っています。私は経済の専門家ではありませんが、最近ではマイナス金利の解除など、経済全体が自立し始め、好転していると実感しています。失われた20年、30年がようやく終わり、さらに経済の競争力をこれから取り戻していこうという過程の中で、各企業の方々、国の施策もそうですが、デジタル化、ITへの投資、ITの利活用に関する注目度は上がってきていると感じています。
DXの推進と新たな形態の登場
–DX推進はいわば日本の国家的課題ともいえる大きなテーマで、それぞれの産業分野・企業で実際に取り組まれていますが、まだなかなか進んでいないといわれています。
濱田 日本のDXは、ITを本当の意味での業務の改革、いわゆる業務革新につなげていこうというフェーズに入ったと感じています。日本において、これまでオフィスは業務をする箱でしたが、パンデミックのなかで、リモートコラボレーションが不可欠になりました。また、以前はビデオ会議が一般的ではありませんでしたが、現在はオフィスに戻ってもビデオ会議を利活用しながら業務を行うことが普及していますので、本当の意味でのハイブリッドワークへの投資がまさに進んでいると思います。
「オフィス回帰」が進む中で、今までの単純なオフィスとは異なる形で、あらゆる人が様々なところから業務をしていく、場合によっては業務のアプリケーションも、それまでオンプレだったものからクラウド型やSaaSも使っていくマルチクラウドにしていくという中でいうと、ITに求められてくるものも大きく変わってきていると感じています。
私は就任会見の際に、セキュリティは注力分野の1つであると話しましたが、日本の場合、何か新たな取り組みを始めようとする時、光と影の影が出てしまうと、その動きが停滞することがあります。私たちの戦略は、単純につなぐのではなく、すべてのものをセキュアにつなぐことが重要であると考えています。そのため、セキュリティもDXの1つの柱として推進していきたいと考えています。
–本来、DXの本当の意味は単なるIT化ではなく、業務革新なり働き方改革を進め、企業革新やビジネスモデル革新を進めることだと指摘されていますね。
濱田 そのように思っています。ハイブリッドワークに関するソリューションは、単純にビデオ会議のシステムを提供するだけではなくて、セキュアにつなぐことを含めて行っていくことです。
オフィスについても、現在ではオフィスに行く理由は2つしかないと思っています。1つは他の人たちとコラボレーションを行い、新しいアイデアが生まれたり、業務が円滑に進むことが期待できる点です。
もう1つは、家で仕事をするよりも快適な環境で働けることです。それがなければ、多くの人はオフィスに戻ってこないと思います。シスコも現在、オフィスへの出社を義務付けていません。代わりに、オフィスに来たいと思わせるような環境を整えることを重視しており、そのためにはネットワークインフラの整備が非常に重要だと思います。
–今日、オフィスの在り方、位置づけ、またそこでの役割が変わってきているということですね。
濱田 オフィスワーカーという観点で見たときに、「戻ってきたくなるオフィスじゃないと意味がない」ということですね。昨年11月にシスコがアジア太平洋地域の1650社9200人の社員を対象に実施したワークプレイスに関する調査では、回答者の約3分の2が「自社のオフィスではベストな仕事ができない」と回答しました。
従来型のオフィスは大きく変わり、デザインやレイアウトも変化しています。同様にテクノロジーも社員の期待に応えるものでなければなりません。ビデオ会議においても、今や100%出社する前提でオフィスレイアウトを考えている会社はほとんどありません。出社率は50%とか、場合によっては40%、30%です。また、オフィスで会議をしていても、常に一部の方はWebを通じて会議に参加しています。場合によっては、シスコもそうですが、社内の会議で会議室を取らずWebex(Web会議)のリンクのみを共有し、多くの端末がオフィスの複数の場所から接続しています。これはコロナ前にはなかったことです。
以前ですと、もともと有線接続がメインで、Wi-Fiはゲスト用Wi-Fiなど補助的な役割で良かったものが、今やワイヤレス接続が基本になり、お客様からは、Wi-Fiの強化が必要とされるようになってきたという声を多くお聞きすることがあります。
そのため、例えばオフィス内での利用状況や混雑状況をどうやって把握していくのか、また、サステナビリティの観点でどうやって消費電力を落としていくのかが注目されています。使っていない、人がいないところのWi-FiのAP(アクセスポイント)は切断してしまってもいいかもしれません。従来は照度センサーやタイマーなどを使用していましたが、新たなアプローチが求められています。
シスコが提供する「Cisco Spaces」は、アクセスポイントだけではなくWebex Boardなどさまざまなデバイスからワイヤレス経由で情報を得て、各フロアごとの混雑状況や部屋の利用状況などの環境を把握することができます。ワイヤレスをシームレスに活用しながら、ビジネスの環境をより良くしていくことが、これから求められてくると考えています。ここはシスコとしても力を入れているところです。
–コロナ前と全く違うシーンですね。
濱田 これまではこのようなものに関するクレームはあまり出ていなかったと思います。しかし、現在はこのような問題が顕在化しています。会社で「全社員でミーティングをやりましょう」というと、多くの方がオフィスの中にいてもWebから入ってくるとか、社外からも入ってくる。ショップやカフェのWi-Fiを利用して参加する人や、自宅から参加する人もいる。こうした状況において重要なのは、エンドツーエンドでセキュアな接続を提供することです。さらに、オブザーバビリティを確保し、何が問題なのかを迅速に把握できるようにすることも重要です。これらの観点からトータルでサービス提供していくことが今後ますます求められるでしょう。
中堅中小企業とマネージドサービス
–日本のDXの遅れは、大手企業ではなくやはり中堅中小企業分野ではないかと思います。シスコは早くから日本の中堅中小企業の底上げということを強調されていましたね。今の取り組みについて教えてください。
濱田 日本全体のデジタル化が進んで競争力が高まっていくということでいうと、おっしゃる通り一部の大企業だけが伸びていくのではなくて、日本は産業の裾野が広い国ですので、中堅・中小企業のデジタル化が非常に重要だと考えています。その点、全ての企業でITスペシャリストを雇って、技術に目利きをして、自分で導入し、自分で運用していくことは非常に難しいと思っています。
シスコが目指していることは、あらゆるもの、すべてをセキュアにつなぐということです。これを実現するために、例えばサービスプロバイダーを通じて提供されるマンスリービリングなど、様々な方法を通じてサービスを提供していく必要があります。
マネージドサービス化も非常に重要になってきますので、私たちのプログラムやライセンスのスキームも、それに合った形でご提供していく、あとはセルフサービス、お客様が簡単にクラウドマネージドサービスを利用できるようにすることを考えています。
就任会見でも、AIを注力分野の1つとして挙げました。AIにはいくつかの側面があって、シスコ製品をより簡単に使えるようにしていくかが重要です。そこで、製品の裏方でAIを活用し、簡単なコンフィギュレーションや自動設定、場合によってはトラブルシューティングの容易な解決を実現することに注力しています。そして、当然のことながら、シスコは人材教育にも引き続き貢献させてさせていただきます。
また、セキュリティに関しても、Security Operation Centerを持つ会社は限られていますので、マネージドサービスの中でセキュリティを提供していく際にも、AIが裏で支えることが重要です。AIの活用により、製品の利用やセキュリティの実行がより簡単になるように開発も進められています。
–レベルの高いマネージドサービスを使いやすくすることによって、中小企業もITのメリットを受けられるような状況をつくって行くと。
濱田 メリットを享受できるような形にすることが重要だと考えています。AIの力でいかにシンプルに利用できるよか、シスコはいまここに一番力を入れているところです。
3つの重点ポイント「セキュリティ、AI、サステナビリティ」
–社長就任にあたって、3つの重点ポイント「セキュリティとAIとサステナビリティ」を述べられました。
濱田 シスコが究極に求めていることは、日本の持続的な成長に伴走し、貢献することです。日本の企業がかなりここに投資をされているということは、私がお客様を訪問していく中でも感じています。
セキュリティの重要性は言うまでもありません。私たちはつなぐこと、ネットワークの専門家として、セキュリティを含めたつなぐこと全般に精通しています。セキュリティ専門の会社は、脅威を議論しながら「やらなければならないこと」を強調するうことが一般的かもしれませんが、シスコとしては脅威を声高に叫んで切迫感を出すのではなくて、プラットフォームを導入していく段階でセキュリティが自然に組み込まれるように、セキュリティについては一丁目一番地として取り組んでおり、ポートフォリオも拡充しています。
–自社のプロダクトの中でおのずとサポートしていきますということですか。
濱田 シスコのソリューションの中に、ネットワーク内でのさまざまな脅威や異常を検知するNDRというソリューションもあり、これにより、セキュリティに関する情報が得られます。
セキュアにつなぐために、SASEやSSEなどのソリューションがあるのですが、シスコでは、これらのソリューションをプラットフォームとして提供しています。ネットワークの接続やWi-Fiの提供を通じて、全体的なプラットフォームとして提供できるよう取り組んでいます。
AIに関しては先ほど申し上げたように、いかにITプラットフォームを簡単に使っていくことができるのかが重要です。セキュリティは専門家を多く配置してもなかなか難しい領域であり、人海戦術にも限界があります。そのため、AIを活用してセキュリティの向上を図ることが重要です。ここでAIをきちんと裏方で使っていこうと思います。
例えば、ファイアウォールの設定は煩雑な作業ですが、AIを利用することで効率的に対処できます。ネットワークやWi-Fiの領域でも、AIを裏方で活用することが、私たちの製品の特長となります。
日本においては、人口がこれから減っていく、専門的なスキルを持った人々がリタイアしていくことが予想されます。この状況下ではAIの基盤を構築する方法が重要なキーとなります。各社ともAIへの投資やAI基盤の開発に力を入れており、場合によってはラーニングモデル、いわゆる生成AIを使ってLarge Language Modelを構築することにも投資しています。シスコもAI基盤の開発に注力しており、NVIDIAとの協業を通じて、次世代イーサネットのトランスポート開発も行っています。
また、サステナビリティですが、シスコは2040年までに「ネットゼロ」を目標に掲げています。しかし、AIの利用、デジタル化の推進により、その目標が阻害されることは避けなければなりません。例えば、AIは非常に多くの計算基盤を必要とし、それにより電力の使用量が増加することが予測されます。このことから、ヨーロッパでは「AIを使うと環境破壊につながる」という声も上がっているようです。
シスコは、低消費電力で環境への負荷が少ない製品を開発することに注力し、ソフトウェアだけではなく、Siliconの開発も重視しています。例えば、Cisco Silicon Oneという製品では、2000点のチップが必要だったものを1チップで実現し、電力の使用量を大幅に削減することができます。この製品は、サービスプロバイダーやクラウドの基盤で利用され、昨年KDDIなどとともに「40%の電力削減を実現したことを」を発表しました。
日本は海洋国家でもあり、気候変動の影響を直接受けやすい国です。そのため、ネットワーク分野でもサステナビリティを重視しています。ヨーロッパに次いで日本はサステナビリティに関しては各企業の関心度が高いと考えられます。シスコは、社会や企業のサステナビリティ目標の達成や取り組みの実現に貢献するとともに、引き続き自社における取り組みも推進していきます。
「ワイヤレスファースト」の時代が到来
–シスコはWi-Fiのクラウド化を推進してきました。ローカル5Gの産業導入も進めています。ここまでのお話で、ワイヤレスというものそのものの位置がこれまでとは変わってきている気がします。
濱田 状況は変化しています。Wi-Fiは以前は補完的な役割を果たしていましたが、今ではむしろ中核的な要素になっています。オフィス内での作業において、Wi-Fiの体感速度が非常に重要な指標となっており、その重要性がますます高まっていると考えています。
私たちが今、注力している1つの分野は製造業です。日本は製造業で非常に強い国ですが、その中でワイヤレスの導入が急速に進んでいます。場合によってはWi-Fiを利用することもありますし、また、ローカル5Gを導入することもあります。
進和が愛知県小牧市に設立したSFiCラボにシスコのローカル5Gを導入いただいたのですが、この件については、今年2月にパートナーのMKIやKDDIエンジニアリングなどと一緒に発表させていただきました。このラボでは、製造業のスマートファクトリーにおけるローカル5Gの実証実験が行われています。製造業におけるローカル5Gの実装はこれまでにあまり見られなかったので、導入事例として注目を集めています。
–ワイヤレスビジネスの比重が大きくなっていくなかで、Wi-Fiはどういう取り組みを進めていきますか。
濱田 Wi-Fiということでいうと、当然、我々は新しい規格での技術を開発することを行っていますが、あと1つ注力をしたいと思っていることはOpenRoamingです。
公衆Wi-Fiは接続の都度、それぞれ設定や認証するのが面倒だったりしますが、海外ではOpenRoamingの導入が進んできています。今はインバウンドが非常に盛んになっています。OpenRoamingで一度認証してしまえば、他のところに行っても都度都度設定する必要がないということは、非常に重要なテクノロジーだと思っています。
新千歳空港の国内線ターミナルや京都府で実証実験をさせていただいていますが、Wi-Fiのホットスポットで、高い安全性を確保しながら自由に接続することが可能になるということで、OpenRoamingは国際的な動きになっており、日本での導入を進めていきたいと考えています。
Wi-Fiについても、Wi-Fi 6・Wi-Fi 6Eというものは、当然我々は製品を出しています。Wi-Fi 7も国際の標準化が進んでいますので、標準化の動向を見据えながら、最新の製品も順次リリースしていきたいと考えています。
Wi-Bizへの期待と役割
–Wi-Bizの創設以来、シスコシステムズは中心メンバーとして活動を推進していただいています。今日の新しい状況の中での新たな役割、また期待についてはいかがでしょうか。
濱田 ローカル5GやWi-Fiなどいろいろなお話をしましたが、私たちは単に技術を売りたいわけではなくて、本当の意味で全てがつながる時代に、ただつなぐのではなくて特徴を見極めながら、必要なものをお客様が選択できる環境が重要だと思っています。
Wi-Fiにおいても、公衆Wi-Fiを企業Wi-Fiレベルに持っていくということでいうと、例えばOpenRoamingを活用していきましょうということです。また、企業はスマートオフィスとかいろいろな形でオフィスの形態が変わってきていますし、それに応じてWi-Fiの利活用が過去にも増して非常に重要になってきている中で、企業Wi-Fiも、公衆Wi-Fiも、新たな利用形態に合わせて、どういった形で進めていくのかベストなのか、これからどんどん議論されていくと思います。
Wi-Bizには、ぜひこの中の中心にいていただきたいと思っています。今後、日本がどういった形で発展していくのか、そのなかでどう利活用を進めていくのか、その中心にWi-Bizが居て、牽引していていただきたいと考えています。
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