大規模災害時における公衆無線LAN無料開放の実証実験
無線LANビジネス推進連絡会
はじめに
東日本大震災では携帯電話がつながらない等、災害時における通信疎通の確保が課題となり、その後、総務省主催で開催された「無線LANビジネス研 究会」においても、音声通話以外の通信手段の充実・改善を図る観点から、①公衆無線LANの整備、ならびに②大規模震災時における公衆無線LANの無料開 放が有効であると整理された。
これを受け、「無線LANビジネス推進連絡会」では、②大規模震災時における公衆無線LANの無料開放の在り方を整理すべく、2013年9月1日に岩手県釜石市で実証実験を行ったところである。
主要通信事業者が共同で取り組んだ国内初となる「災害用統一SSID」の技術検証や「災害用ポータル」の提供、自治体との連携を整理するために釜石市と共同実施に至った背景、さらには無線LANビジネス推進連絡会の今後の取り組みについて紹介する。
大規模震災時における公衆無線LANの役割
携帯電話は1.3億台を超え、総務省の調査によればスマートフォンの世帯普及は2013年度に50%を超えた。無線LANが搭載されたスマート フォンの普及に加え、携帯電話事業者がデータトラフィック急増に伴うオフロード対策の一環で、公衆無線LANのスポット展開を急拡大したことも牽引して、 公衆無線LAN利用者は2013年度末で1,700万人を突破したと言われている(ICT総研調べ)。
このように、公衆無線LANは大規模震災時においても第三のネットワークとして、その活用が期待されているところであるが、東日本大震災で実施された公 衆無線LANの無料開放を振り返ってみると、ユーザが利用するには、スマートフォン等で無線LANの設定画面を開いて、各社が無料開放している当該 SSIDをタップする必要があるなど、わかりやすさや利便性の改善など課題も浮かび上がったのも事実である。
実証実験の概要
大規模震災時に一人でも多くのユーザに公衆無線LANをご利用いただくためには、公衆無線LANそのものの整備と無料開放の方法(ハード)と、実際にご利用いただくための対処(ソフト)を両輪で動かしていく必要がある。
これらの課題を整理するために、無線LANビジネス推進連絡会で実証実験を行った。まず、公衆無線LANの無料開放の方法については、前述の「災害用統一 SSID」に加えて、自治体や民間企業が提供する無線LANサービス上で「災害用ポータルの提供」の2つに絞って検証を行った。
<災害用統一SSID>
東日本大震災では避難所や仮設住宅に公衆無線LANを設置して、通信事業者がそれぞれのSSIDで無料開放したが、SSIDや利用方法の周知が行 き届かずにご利用いただけないケースがあったと推測される。今回、各社共通のSSIDとすることで、ユーザへの周知が統一化できる他、1台のアクセスポイ ント(以下、AP)で全ユーザが利用できるようになるため、より多くの避難所や仮設住宅にAPを配備できることが期待される。
今回の実証実験では、NTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクといった国内の主要な携帯電話事業者がAPを設置し、災害用統一SSIDを提供する ことで、平常時は契約会社のAPとしかつながらないスマートフォンで、他社APにも接続してご利用いただけることを確認できた。一方で、参加者の4割が、 何かしらの説明がないと「災害用統一SSID」を利用できない実態も浮かび上がった。
各社アクセスポイントの展示 |
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無料開放の説明用パネル |
国内外の救援者利用も視野に入れ、今回、災害用統一SSIDを「JAPAN」に設定 |
<災害用ポータルの提供>
近年、一般店舗や商店街、自治体が公衆無線LAN環境を提供するなど、公衆無線LANサービスが活況を呈している。これらのサービスは、主に会員 制ポータルとして提供されており、大規模震災時においては災害情報が閲覧可能な「災害用ポータル」としての提供が期待されている。
今回、災害用ポータルとして有益な情報提供を検討するため、アンケートによる需要度調査を行った。なお、アンケートはローソン様のご協力により、仙台市青葉区内38店舗及び釜石市内1店舗で実施した。
災害用ポータルは図.1のように災害時に利用したいサイト一覧が画面表示されるもので、ユーザの需要度をアンケートで確認する方法で実施した。
図.1. 災害用ポータルの画面イメージ
「必要な情報にすぐアクセスできるので必要」といった意見が大半を占め、災害用ポータルの有益性が確認できた反面、「接続まで戸惑った」、「必要な情報にたどり着くのが面倒」といった操作性や利用方法の簡易化に関する課題も浮かび上がった。
災害用ポータルの画面表示についてのアンケート結果
自治体との連携の重要性
釜石市は東日本大震災で甚大な被害を受け、全ての通信が途絶され、国や県の連絡はおろか、市民の連絡もままならない孤立状態であった。震災から2 年以上が経過した今、私たちができるのは、実際に震災経験した釜石市に学び、教訓を生かして全国の自治体に伝えることだと考え、今回、釜石市での実証実験 に至ったのである。
震災以前から釜石市は、高齢化が進む地域だからこそICTの活用が重要であると認識し、市内全域の光ファイバー網の導入を進めていた。しかし、想定を上 回る津波は沿岸部のみならず奥地の光ファイバー網をも寸断し、市民へ津波警報情報が配信されない事態に至ったのである。この被害により、釜石市で亡くなっ た方は888名、行方不明者は152名に上った。
公衆無線LANは携帯電話基地局のように非常用バッテリーを搭載しないため、災害に強いネットワークとは呼べないかも知れないが、その一方で簡易設置が 可能で誰でも利用できる手軽さがある。釜石市職員によれば「全ての避難所に公衆無線LANを設置することよりも、どこで使えるかを常日頃、市民に伝えてい くことが重要」という。震災により市民への情報連絡網も途絶された状態では、どこで使えるかの周知もままならないためだ。
また、釜石市の死者の半数以上が65歳以上の高齢者であったことを踏まえると、高齢者にもわかりやすい言葉で伝えていくことや、誰もが容易に使いこなせる技術を導入するなど課題も多い。
出典:公益財団法人都市計画協会機関誌『新都市』2014年1月号